肥薩おれんじ鉄道は、熊本県の八代と鹿児島県の川内をつなぐ第三セクター鉄道です。九州新幹線の部分開業にともない、JR九州から経営分離された同線区を継承するローカル線ですが、開業から20年以上を経た現在も赤字経営に苦しんでいます。
沿線自治体による補助が続くなかで、2023年12月に鹿児島県の自治体が肥薩おれんじ鉄道への支援を疑問視。「2028年度以降は支援しない」という方針が決定します。鹿児島県の自治体は、なぜ支援の継続を拒んだのでしょうか。そして肥薩おれんじ鉄道は、廃止を避けられるのでしょうか。開業から今日までの自治体支援を振り返ります。
肥薩おれんじ鉄道の線区データ
| 協議対象の区間 | 肥薩おれんじ鉄道線 八代~川内(116.9km) |
| 輸送密度(2004年→2024年) | 913→636 |
| 増減率 | -30% |
| 赤字額(2024年) | 9億3,183万円 |
※赤字額は、2024年度の経常損失です。
協議会参加団体
八代市、水俣市、芦北町、津奈木町、薩摩川内市、出水市、阿久根市、熊本県、鹿児島県、肥薩おれんじ鉄道、JR貨物ほか

利用者減少で赤字拡大が続いた肥薩おれんじ鉄道
開業当初の肥薩おれんじ鉄道は「現状維持」を目標に、徹底したコスト削減を進めました。たとえば、社員の約9割をJR九州からの出向者として人件費を削減するなど、他の並行在来線と比べて経費を半分以下にまで圧縮したのです。
それでも赤字が見込まれたことから、鹿児島県は5億円の経営安定基金を設置。熊本県も一般会計から年間数千万円の補助を決めます。こうした自治体の手厚い支援のもと、準備万端で開業を迎えた肥薩おれんじ鉄道。開業前の計画では、9年目に黒字になる想定でした。
しかし蓋を開けてみると、開業2年目の2005年度決算では減価償却前の段階で赤字に。「利用者離れ」が想定をはるかに上回るペースで進み、運賃収入が大きく減少したのです。国の貨物調整金を含めても赤字のため、沿線自治体では早くも基金の取り崩しや補助金の支出が始まります。

参考:津奈木町「肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通総合連携計画」をもとに筆者作成
その後も利用者の減少は続き、赤字額は拡大。「開業9年目で黒字転換」という目標を達成できる状況ではなくなってしまいます。
自治体負担が増え続けるなかで、熊本・鹿児島の両県は2008年9月に法定協議会(肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通活性化協議会)を設置。国の補助金を活用することで、鉄道の維持に努めようと考えます。
一方の肥薩おれんじ鉄道でも、現状維持から「攻めの戦略」に転換させる改革を進めます。2009年7月には、二代目社長に古木氏が就任。同年10月には営業部を創設し、旅客サービスや物販の拡充、ツアー会社への売り込み、メディアでの広告戦略といった営業活動で利用者の増加をめざします。とくにツアー会社への売り込みは、インバウンド誘客につながり売上増に貢献。営業収益は、2009年度に初めて10億円を突破します。
ただし、費用も増えたため赤字解消には至っていません。2012年に肥薩おれんじ鉄道は「今後10年間で33億円の資金不足が見込まれる」として、沿線自治体に支援を呼びかけます。その結果、2014年6月に熊本・鹿児島の両県は追加支援を決定。今後10年間の存続にはつながったものの、苦しい台所事情が続きます。
肥薩おれんじ鉄道のこれまでの取り組み
公的支援のほかにも、沿線自治体はさまざまな利用促進策で肥薩おれんじ鉄道を支えています。これまでの取り組みの一例を紹介しましょう。
- 観光列車「おれんじ食堂」の運行
- イベント列車の運行(ビール列車、ラッピング列車など)
- 熊本駅や鹿児島中央駅への直通列車運行
- 企画きっぷの販売(1日フリー乗車券、JR・おれんじトコトコ2枚きっぷなど)
- 企画ツアーの開発
- 沿線小中学校の利用に対する運賃助成
- レンタサイクルの設置
…など
肥薩おれんじ鉄道の名物といえば、観光列車「おれんじ食堂」が有名です。地元の食材を使った料理と、八代海や東シナ海の絶景を楽しめるレストラン列車で、2013年3月に運行開始。初年度は14,000人が利用し、肥薩おれんじ鉄道の増収につながっています。
「銀河鉄道999」をモチーフにしたラッピング列車も、関連グッズの販売も含めて売上増加に貢献しています。マスメディアを使った広告戦略も功を奏し、年間約1億円の地域経済波及効果を創出しているそうです。
こうした取り組みにより、営業収益は右肩上がりに上昇。2017年には18億円を突破します。しかし営業費用も増加しており、赤字額も増え続けたのです。
■肥薩おれんじ鉄道の輸送人員と経営状況の推移

参考:熊本県「肥薩おれんじ鉄道株式会社の経営状況を説明する書類」をもとに筆者作成
肥薩おれんじ鉄道への支援に鹿児島県の自治体が疑問視
2014年から10年間の追加支援は、2023年度末で終わりです。そこで熊本・鹿児島の両県は、2024年度以降の支援についてそれぞれ協議を開始。このうち鹿児島県では2023年12月に、最大7億1,900万円の支援を決定します。
ただし、この支援には「条件」が付きました。その条件とは「支援は今回で最後」というもの。鹿児島県の自治体は「これ以降は支援しない」という方針も決めたのです。
なぜ、このような条件を付けたのでしょうか。理由は、鹿児島県の支援制度の内容にありました。
鹿児島県ではこれまで、肥薩おれんじ鉄道の存続により貨物列車が走れることから「県全体が鉄道の恩恵を受けている」として、全市町村が支援してきました。とはいえ、沿線以外の自治体が受ける恩恵は限られます。路線バスをはじめ他の公共交通機関への支援もあるなかで、「なぜ、肥薩おれんじ鉄道だけが手厚い支援を受けられるのか」と、沿線以外の自治体から不満が出てきたのです。
こうした背景から鹿児島県は、全市町村による支援は「今回が最後」と説明します。ただ、自治体支援がなければ肥薩おれんじ鉄道は存続できません。鉄道の廃止が現実味を帯びてきたのです。
旅客だけでなく貨物も減少…熊本県が示したローカル線存続の極意
とはいえ、肥薩おれんじ鉄道は貨物列車の走行ルートです。安易に廃止の決断はできません。そこで鹿児島県の塩田知事は、国の社会資本整備総合交付金の活用を提言。国の制度を活用しながら、肥薩おれんじ鉄道に対する新たな支援制度を検討すると宣言します。これに熊本県側の沿線自治体も賛同。「肥薩おれんじ鉄道未来戦略検討委員会」という組織を設置し、両県の沿線自治体のみで新たな支援制度を検討することになりました。
委員会の第1回は2024年6月27日に開催。構成メンバーは沿線自治体と肥薩おれんじ鉄道にくわえ、JR貨物も参加します。
まず、事務局が肥薩おれんじ鉄道の現状と課題を説明。利用者の約7割を占める通学定期客が少子化で減少し、全体の利用者減少につながっていることが伝えられます。
続いてJR貨物が、肥薩おれんじ鉄道線内における貨物輸送の現状を説明します。JR貨物は、貨物も減少に歯止めがかからない実情を報告。肥薩おれんじ鉄道が開業した2004年度には約53万トンあった貨物輸送量は、2023年度には約34万トンまで減ったと伝えます。モーダルシフトが叫ばれて久しいですが、沿線地域の人口減少や産業の衰退は貨物輸送量にも影響を与えていたのです。
■鹿児島貨物ターミナル駅・川内駅の輸送実績(単位:万トン)

参考:鹿児島県「肥薩おれんじ鉄道の概況及び任意協議会での議論等について」をもとに筆者作成
貨物輸送が減れば、国が支払う貨物調整金も減ることが予測されます。ちなみに肥薩おれんじ鉄道が得ている貨物調整金は、年間で5億1,300万円です(2011年度以降の額)。
旅客も貨物も減っている現状、肥薩おれんじ鉄道の経営改善につながる要素が見当たりません。将来に対する悲観的な資料が並ぶなかで、熊本県は次のような発言をしています。
数値として現れるものではないが,その地域に鉄道があるというアドバンテージを沿線住民が自覚する,すなわち住民が鉄道にコミットする,マイレール意識を持つということは,鉄道の持続可能性を間違いなく高める効果があると思っている。
出典:第1回肥薩おれんじ鉄道未来戦略検討委員会 議事概要
公費を出すのであれば,住民の皆さんがおれんじ鉄道に価値を見いだすような投資という,前向きな目線で考える形で議論していきたいと思っている。
JR肥薩線の復旧検討会議で、熊本県はマイレール意識を高める重要性を学んでいます。
マイレール意識の低い地域では、赤字鉄道に対する支援を「負担(=単なる赤字補てん)」ととらえがちで、やがて鉄道の廃止へと傾倒していきます。
そうではなく、地域に恩恵をもたらすために鉄道をどのように活用するか、その恩恵を得るために地域は「未来への投資(=地域の維持活性化を含めた支援)」ができるか。肥薩線の復旧検討会議では、それをポジティブな視点でJR九州や地域と議論できたことから、熊本県は多額の投資決断ができ、肥薩線の復旧へつなげました。
そのときの経験から、熊本県は「肥薩おれんじ鉄道も、鉄道を生かした地域づくりができるはずだ」と期待しての発言でしょう。熊本県の意見に、鹿児島県をはじめ他の構成メンバーも賛同。肥薩おれんじ鉄道を活用した地域貢献を主軸に、鉄道の価値を見いだす議論が深まっていきます。
みなし上下分離で肥薩おれんじ鉄道の存続が決定
2024年11月22日に委員会は、肥薩おれんじ鉄道の経営改善に向けた基本方針を示します。具体的には「マイレール意識の醸成」「駅周辺の賑わいづくり」「老朽化した施設の更新」「不要な不動産の売却・貸付」「国内外へのプロモーション強化」などです。
この基本方針をもとに、同年12月23日からは委員会と同名の法定協議会へ移行。国の交付金を得るうえで必要な「鉄道事業再構築実施計画」や「地域公共交通計画」などの策定を進めます。
国の交付金を得るには、肥薩おれんじ鉄道の経営改善がマストの条件です。沿線自治体は、鉄道施設の改修・更新や維持修繕に必要な費用の負担を決定。いわゆる「みなし上下分離」を導入し、肥薩おれんじ鉄道の経営を支えることになりました。
沿線自治体の負担額は、利用促進にかかる事業費などとあわせて、10年間で252億5,800万円です。このうち、71億6,000万円は国の交付金(社会資本整備総合交付金)を活用します。計画期間は、2026年度から2035年度までの10年間です。
鉄道事業再構築実施計画は国土交通省に申請され、2026年1月27日に認定されました。これにより肥薩おれんじ鉄道は、2035年度までの存続が確定します。
なお、地域公共交通計画で決めた取り組みにより、2035年度の輸送人員は約91万人を想定しています。2024年度の輸送人員は約104万人ですから消極的な目標値に見えますが、何もしなければ約85万人まで減少する想定です。また、肥薩おれんじ鉄道の2035年度の当期純利益は2,700万円の黒字を見込んでおり、大きく改善する見込みです。
利用者減少は不可避のなかで、多額の支援を決断した熊本・鹿児島両県の沿線自治体。その支援を無駄にしないように、地域に貢献する鉄道としての活躍を願いたいところです。
肥薩おれんじ鉄道の関連記事
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
肥薩おれんじ鉄道(運輸総合研究所)
https://www.jttri.or.jp/survey/zisseki/archives_event/pdf/railway.pdf
肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通活性化協議会(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000047547.pdf
肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通総合連携計画(津奈木町)
【リンク切れ】https://www.town.tsunagi.lg.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=26&sub_id=1&flid=19
肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通活性化協議会(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000047547.pdf
肥薩おれんじ鉄道株式会社の経営状況を説明する書類(熊本県)
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/193535.pdf
肥薩おれんじ鉄道未来戦略検討委員会について(鹿児島県・熊本県)
https://www.pref.kagoshima.jp/ac08/hisatsuorenjitetsudo.html
https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/25/209917.html
肥薩おれんじ鉄道の概況及び任意協議会での議論等について(鹿児島県)
https://www.pref.kagoshima.jp/ac08/documents/114568_20250117112241-1.pdf
肥薩おれんじ鉄道未来戦略検討委員会最終報告(熊本県)
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/252926_755932_misc.pdf
肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通計画(案)
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/252926_755952_misc.pdf
肥薩おれんじ鉄道線の鉄道事業再構築実施計画の認定について(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/kyushu/content/000366085.pdf