災害で長期不通になっている肥薩線。その復旧をめざす熊本県と沿線自治体は、第5回JR肥薩線検討会議(2023年12月13日に開催)の場で、「JR肥薩線復興方針」という資料を公表します。
この復興方針は、およそ1年前に開催された第3回の検討会議で、JR九州が示した復旧に向けての「6つの検討課題」への回答として作成されたものです。国からも絶賛された復興方針の内容について、以下に解説します。
JR九州が示した「6つの検討課題」
まずは、JR九州が示した「6つの検討課題」について記載しておきます。
- 将来における地域の全体像
- 地域全体の交通のあり方
- 鉄道の位置付けおよび利活用策の検討
- 鉄道がもたらす広域的な便益を定量的に検証
- 4.の便益と鉄道運行及び利活用策等の総費用とを比較
- 利活用策の責任主体等の整理
JR九州は、これらの課題について沿線自治体としっかり議論し、すべての関係者が納得したうえで、肥薩線の復旧工事を始めるとしています。
これに対して、熊本県が示した回答を「JR肥薩線復興方針」をもとに解説しましょう。
1.将来における地域の全体像
肥薩線の沿線地域は過疎化が進み、今後も地域経済の衰退が見込まれます。この流れを食い止めるには、観光を軸とした「地域全体の成長戦略」が必要であると、復興方針では提言。肥薩線と球磨川を軸に各地の観光スポットをつなぐことで、「日本一の地方創生モデルを実現する」という、地域の目指すべき姿を示しています。
出典:JR肥薩線再生協議会「JR肥薩線復興方針(案)」
日本一の地方創生モデルを実現するために、熊本県や沿線自治体は4つの重点プロジェクトを掲げ、官民一体の投資をおこなうことも伝えています。復興方針では、2025~2040年の15年間で、約105億円もの”成長投資”をする方針です。
なお、沿線自治体はこれまで地域づくりと肥薩線の連携が不十分であったことを認めたうえで、改めてJR九州などと深く連携していく考えも伝えています。
2.地域全体の交通のあり方(「3.鉄道の位置付け」も含む)
肥薩線沿線には、鉄道のほかにも高速バスや路線バス(フィーダー交通)も走っています。
復興方針では、高速バスは予約が必要なのに対して、鉄道は「予約なしでも気軽に乗れる」と、役割分担されていることを説明。今後は、鉄道とバスを競合としてとらえるだけでなく、両者を組み合わせた周遊観光ルートも検討していくと伝えます。
また、路線バスは沿線住民の足としての機能にくわえ、観光地とも結ぶ路線を新設するなど、鉄道や高速バスの補完機能を強化していく考えも示しています。
3.鉄道の利活用策の検討
利活用策は、住民アンケートの結果をもとに提案。「新八代駅やくま川鉄道への直通運転の実施」「路線バスの運行形態の見直し」「パークアンドライドの設置」など、沿線自治体も支援しながら進める考えを示します。
また、肥薩線を活用した旅行商品には自治体も積極的に協力するとともに、JR九州に対して必要な支援をしていく考えも示しています。
こうした利用促進により、2040年度には「輸送密度600人/日をめざす(八代~人吉)」という目標値も掲げました(2019年度の輸送密度は414人/日)。
4.鉄道がもたらす広域的な便益を定量的に検証
復興方針では、「肥薩線を復旧するケース」と「廃止にしてバス転換するケース」で、観光客数と経済波及効果を比較しています。この差額が、肥薩線(鉄道)がもたらす「便益」ということです。
肥薩線を復旧するケースでは、沿線自治体による成長投資も実施することにより、沿線への観光客数(入込客数)は2040年度に246万人まで増加すると試算(被災前は年間181万人)。経済波及効果は、年間428億円になるとシミュレーションしています。
一方、廃止にしてバス転換するケースでは、入込客数は年間178万人と被災前より減少。経済波及効果は309億円に留まると試算されています。
このシミュレーションから、鉄道がもたらす便益(バス転換するケースとの差額)は、観光客数は年間68万人の増加につながり、経済波及効果は119億円になると伝えています。さらに、沿線地域には新たな観光ビジネスが生まれることから、1,600人の雇用が創出されると推測。沿線の過疎化に歯止めをかけることも、期待されています。
■鉄道がもたらす便益(「復旧するケース」-「バス転換するケース」で試算)
復旧するケース | バス転換するケース | 鉄道がもたらす便益 | |
---|---|---|---|
入込客数 | 246万人/年 | 178万人/年 | 68万人/年 |
経済波及効果 | 428億円/年 | 309億円/年 | 119億円/年 |
5.4.の便益と鉄道運行及び利活用策等の総費用とを比較
経済波及効果が119億円に対して、成長投資の額が約105億円ですから、沿線自治体から見ればプラスです。
ただし、JR九州に大きなメリットは期待できません。熊本県は客観的な視点で、復興方針を実施した際の肥薩線の収支予測もおこなっています。
それによると、2040年の肥薩線単体(八代~人吉)の収支は「5憶6,000万円の赤字」と予測。新幹線の収入増など他路線の収支の影響を含めても、3億3,000万円の赤字と見越しています。被災前の2019年が6億2,100万円の赤字でしたから、肥薩線単体の収支は改善するものの、JR九州から見れば大きな赤字のままです。
一方で沿線自治体は、経済波及効果により年間4億4,000万円の税収増を見込んでいます。そこで、この額を最大額としてJR九州を支援することも一案として伝えています。
ただ、沿線自治体は各種施策に莫大な投資をしますから、上記の額を毎年支援するのは難しいと考えられます。そのため熊本県は、今後JR九州と上下分離の話し合いを進めるなかで、支援額を正式に決めたいと伝えています。
出典:JR肥薩線再生協議会「JR肥薩線復興方針(案)」
6.利活用策の責任主体等の整理
具体施策の責任主体について、「熊本県」「市町村」「JR九州」「その他事業者(観光団体など)」にわけて案を提示。費用負担の基本的な考えや、今後の検討ロードマップを整理しています。
JR肥薩線復興方針を国とJR九州が高く評価する理由
熊本県と沿線自治体が作成した「JR肥薩線復興方針」は、国とJR九州に高く評価されています。
評価される理由のひとつが、観光を軸に赤字ローカル線を活用した「地域の明るい未来図を描いていること」です。復興方針では「日本一の地方創生モデルを実現する」という高い目標を掲げ、鉄道が持つポテンシャルを未来に向けて最大化していく考えが示されています。
ただ、そのポテンシャルを引き出すのはJR九州だけでなく沿線自治体や住民の協力も不可欠であり、責任の所在を明確に示していることも国とJR九州の評価が高いポイントでしょう。235億円の復旧費用に、105億円もの成長投資。これらを投じても「地域に見返りがある」、いや「見返りをつくってみせる」という沿線自治体の覚悟と決意が、復興方針では示されているのです。
もうひとつの評価ポイントとして、「JR九州の負担軽減まで検討していること」も挙げられます。鉄道事業者から言われるままの支援をするのではなく、復旧後の赤字額を客観的なデータをもとにシミュレーションし、費用負担のあり方についても復興方針では言及しています。「うちはこれだけの費用を出せる」と、上下分離方式を見据えた沿線自治体が先手を打ってきたともいえるでしょう。
単に鉄道を復旧してほしいという要望だけでなく、「赤字ローカル線でもこれだけの可能性がある」「その可能性にJR九州と協働でチャレンジしたい」という沿線自治体の熱意に、国とJR九州は高く評価しているのではないでしょうか。
JR肥薩線復興方針は災害復旧に限らず、これから全国各地で始まる鉄道事業者との協議会でも参考になる資料といえそうです。
※「JR肥薩線復興方針(案)」の資料はこちらでご確認いただけます。(PDFダウンロード)
※肥薩線の復旧を目指す熊本県とJR九州との協議の流れは、以下のページで解説しています。