2022年10月1日、災害により不通となっていたJR東日本の只見線が全線復旧しました。復旧区間は、福島県の会津川口から只見までの区間です。この線区の輸送密度は49人/日(2010年)と極端に利用者が少なく、JR東日本は廃止・バス転換を沿線自治体に提案していました。
その提案に反対し、復旧を実現させたのが「只見線活性化対策協議会」をはじめとする沿線自治体の活躍があります。自治体の取り組みを中心に、只見線が復旧されるまでの流れを振り返ってみましょう。
JR只見線(会津川口~只見)の線区データ
協議対象の区間 | JR只見線 会津川口~只見(27.6km) |
輸送密度(1987年→2023年) | 184→103 |
増減率 | -44% |
赤字額(2023年) | 1億6,800万円 |
営業係数 | 1,100 |
※赤字額と営業係数は、2023年のデータを使用しています。
協議会参加団体
会津若松市、会津美里町、会津坂下町、柳津町、三島町、金山町、只見町、昭和村、福島県
只見線活性化対策協議会の設置までの経緯
只見線活性化対策協議会は、2000年代後半にはすでに存在しており、福島県の沿線自治体と新潟県魚沼市を含めた10市町村で構成されていました。主な活動は、利用促進をはじめ列車の増便、冬期間の運行確保などのJR東日本に対する要望活動です。
2011年7月、新潟・福島豪雨により橋りょうが流失するなど只見線は大きな被害を受けます。JR東日本は、被災した線区の復旧を順次進めますが、会津川口~只見間については不通のまま時間だけが経過していきました。
2013年1月、福島県と沿線自治体はJR東日本に対して復旧と存続を要請しますが、同年5月、JR東日本は復旧費用が約85億円、復旧工事の期間は4年以上との見通しを示し、「単独での復旧は困難」と伝えます。
被災した会津川口~只見間は、もともと利用者の少ない線区であり輸送密度は49人/日、赤字額は毎年3億円を超えています(2010年)。85億円をかけて復旧しても毎年3億円の赤字が続く状況では、JR東日本として維持することが困難だということです。
沿線自治体は復旧費用の一部を支援するため、2013年12月に「只見線復旧復興基金」を設立。復旧費用の4分の1にあたる約21億円を積み立てて復旧にあたる計画を立てます。また、運行している沿線では住民による積極的な利用や観光客を対象としたモニターツアーの実施など、地域を挙げて利用促進に取り組んできました。
しかし、JR東日本は2014年1月に代行バスの情報を開示。鉄道が3往復だったのに対してバスは6往復に増便したにもかかわらず、1便あたりの乗客は4人程度と、バス転換でも厳しいという現実を突きつけます。
上下分離方式による只見線の復旧を模索
打開策のない状況において、福島県と只見線活性化対策協議会に加盟する沿線自治体は、大きな決断を下します。それが、「復旧後の赤字分も支援する」という方針です。
2016年3月、福島県と只見線活性化対策協議会、そしてJR東日本は「JR只見線復興推進会議検討会」という新たな会議を設置し、補てん額や負担割合などを協議することになりました。
検討会は、翌2017年1月までに7回実施しています。2016年5月に開催された第2回検討会では、鉄道として存続させる意見だけでなく、バス転換するケースについても議論。それぞれのメリット・デメリットを整理したうえで、沿線自治体は鉄道の存続を要望します。
これに対してJR東日本は、第3回検討会(2016年6月)で上下分離方式の導入について説明。改めてバス転換するケースも含めて、沿線自治体で協議することになります。
収入 | 支出 | 収支 | |
---|---|---|---|
鉄道 | 500 | 33,500 | 32,900 |
バス | 300 | 5,300 | 5,000 |
参考:福島県「第3回只見線復興推進会議検討会 次第」をもとに筆者作成
第4回検討会(2016年9月)では、鉄道復旧とバス転換を改めて比較検討するとともに、復旧費と運営費について精査。上下分離をした場合に、JR東日本の運行経費(上部分)は約7,000万円、沿線自治体の負担額(下部分)が約2億1,000万円となることが示されます。
2016年11月の第5回検討会では、復旧費用が約81億円になることが確定。上下分離方式を前提とした場合、JRが3分の1にあたる約27億円を拠出し、残り約54億円は自治体が基金などを使って支払うことで了承されます(その後、鉄道軌道整備法などの改正により、事業者が黒字でも該当路線が赤字であれば国の支援が認められるようになり、沿線自治体の負担額の半分を国が補助しています)。
そして、第6回検討会(2016年12月)。沿線自治体は、毎年2億円以上の負担があっても鉄道で復旧する道を選び、只見線を鉄道で復旧することが全会一致で決まります。それと同時に、只見線利活用プロジェクトチームを立ち上げることも決定。その後、只見線活性化対策協議会が中心となって、「只見線利活用計画アクションプログラム」の策定を検討していくことになります。
なお、JR東日本との基本合意書と覚書を締結したのは2017年6月で、復旧工事が着手されたのは2018年6月、そして2022年10月に只見線は全線復旧します。
只見線利活用計画アクションプログラムの内容
只見線利活用推進協議会が策定する利活用計画「アクションプログラム2022」について、みていきましょう。アクションプログラムでは、復旧前から進めていた事業を含め大きく9つのプロジェクトで構成されています。
- 目指せ海の五能線、山の只見線プロジェクト(特別ツアーやイベント列車の運行)
- 奥会津景観整備プロジェクト(景観に支障をきたす木の伐採など)
- 只見線学習列車プロジェクト(学習列車の運行)
- 奥会津サテライトキャンパス整備プロジェクト(会津大学などの企画)
- みんなの只見線プロジェクト(全線運転再開を記念したイベントなど)
- 只見線産業育成プロジェクト(利用促進などに協力する団体への支援)
- 只見線二次交通整備プロジェクト(周遊バスの運行・レンタサイクル事業など)
- 只見線魅力発信プロジェクト(PR活動)
- 只見線利活用プラットホーム構築プロジェクト(外国語のガイドブック作成)
上記のプロジェクトを見ると、(1)(2)(7)(8)(9)は観光客がターゲット、(3)(4)は沿線地域の学生をターゲットとした施策です。
(5)は沿線住民に向けた施策ですが、地域が一体となって「観光客をおもてなしする」という内容ですから、観光誘客が目的といえます。また、(6)は沿線の企業向けの施策ですが、グッズ開発や販売などが想定されており、やはり観光誘客が目的です。
つまり、只見線は「観光利用のために復旧させた路線」と言い切れるでしょう。沿線自治体は、只見線を観光資源のひとつと捉え、地域活性化に必要不可欠な存在という認識で一致しました。だからこそ、鉄道の存続に年間2億円以上を投じるという決断ができたわけです。
利用者が極端に少ない路線を残すには、「沿線自治体が一丸となれる目的がつくれるか」「鉄道のために多額の支援をする覚悟があるか」という点が重要なポイントといえます。
鉄道を存続させる目的は自治体ごとに異なって当然ですが、全自治体で共通の目的がひとつでもあれば、意見をまとめやすくなります。意見がバラバラで話がまとまらず、結局廃止になるケースはこれまでにも多々ありました。何より、自分の町にしかメリットがない目的のために他の町が協力するわけがなく、億単位の予算を付けることはできないでしょう。
なお、上記で紹介した9つのプロジェクトにかかる予算も、福島県や沿線自治体が別途用意します。これを含めると、只見線のために年間約4億円が投じられることになります。一部は国が支援するとはいえ、沿線自治体にそれだけの覚悟がなければ、鉄道は残せないのです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
只見線ポータルサイト
https://tadami-line.jp/
福島県鉄道活性化対策協議会
https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005d/railway-kyougikai.html
只見線について(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/railway/pdf/20140425tadami.pdf
JR只見線に関する現在の取り組み状況(国土交通省)
https://kanke-ichiro.jp/wp-content/uploads/20150610175455216.pdf
JR只見線の全線復旧に向けた検討(福島県)
https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kentou.html
只見線利活用計画アクションプログラム2022
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/519687.pdf