2026年5月29日、名鉄と広見線の沿線自治体は、新可児~御嵩で検討していた「みなし上下分離による鉄道存続の協議」を終了すると発表しました。
広見線の全線存続を願い、さまざまな支援策を模索してきた沿線自治体。しかし、名鉄との協議で「みなし上下分離の導入は難しい」と判断され、協議は打ち切りに。新可児~御嵩は、事実上の廃止が確定しました。
沿線自治体はなぜ、みなし上下分離の導入を断念したのでしょうか。これまでの経緯を振り返りながら、決断に至った理由を探ります。
名鉄広見線の線区データ
| 協議対象の区間 | 広見線 新可児~御嵩(7.4km) |
| 輸送密度(1996年→2024年) | 4,274→1,714 |
| 増減率 | -60% |
| 赤字額(2024年) | 1億9,843万円 |
| 営業係数 | 374 |
※赤字額と営業係数は、2024年のデータを使用しています。
協議会参加団体
可児市、御嵩町、八百津町、商工会議所、観光協会、名鉄など

広見線の廃止を防ぐために続けた「1億円支援」
広見線の新可児~御嵩は、年間1億円の公的支援をはじめ、沿線自治体がさまざまな利用促進に取り組むことで運行を続けてきました。この支援や取り組みを始めるきっかけになったのは、2005年に名鉄が利用促進の協議を申し入れたことに起因します。
新可児~御嵩では利用者の減少が続き、赤字額も増加傾向にありました。この課題に、沿線自治体と名鉄は2006年1月から意見交換を開始。その後、本格的に検討する場として「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅)対策協議会」を2007年6月に設置します。
名鉄は当初「広見線の利用促進を図る」という姿勢で、協議に参加していました。しかし、同年11月2日の幹事会で「年間の赤字額が2億4,000万円超で、このままでは路線を維持できない」と説明。さらに、「広見線をどうしていくのか、自治体の考えを2008年12月末までに示してほしい」と、沿線自治体に求めたのです。
名鉄も、広見線を維持するためにワンマン化などの経費削減や利用促進を進めてきました。しかし、利用者の減少に歯止めがかからず、自社単独での維持は限界だったのです。
■名鉄広見線(新可児~御嵩)の年間輸送人員の推移

参考:「第1回名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅)対策協議会 議事等綴り」より筆者作成
また第2回協議会(2008年2月6日)では、名鉄が「新可児~御嵩は、大量輸送という鉄道の特性を発揮できていない」と主張。「公共交通には、路線バスやコミュニティバスなどもある。その視点でも検討してほしい」と、鉄道の存廃にも踏み込んだ議論を求めます。
この要望に沿線自治体は、名鉄の事情を理解しつつも「現状分析や調査にもとづいた対応策の検討など、プロセスを踏む必要がある」として、2008年12月末までに自治体の考えをまとめるのは困難だと反論。期限の猶予を求めますが、名鉄は期限を譲りませんでした。
いずれにせよ、沿線自治体は新可児~御嵩の将来の方向性を早急に示さなければなりません。まずは、現状分析の調査を目的とした住民アンケートを実施します。
この住民アンケートで、広見線をほぼ毎日利用する沿線住民は14%しかいない実態が明らかに。一方、名鉄に対する財政支援には65%が賛同し、「税金を投じてでも広見線を存続させるべき」と考える住民が多いことも明らかになりました。
これらの結果を受けて、沿線自治体は「名鉄に財政支援をしながら広見線を存続させる」という方針で一致。これを「自治体の考え」として、2008年12月18日に名鉄に伝えます。
その後、2009年5月1日に名鉄と沿線自治体が会談を実施。名鉄は、沿線自治体が利用促進や収支改善の支援をすることを前提に、新可児~御嵩を存続させる考えを示します。具体的な支援額については、2009年7月9日に開かれた第5回協議会で年間1億円に決定。負担割合は御嵩町が7,000万円、可児市は3,000万円で、2010年度から2012年度までの3年間実施することも決まります。
その後、名鉄と沿線自治体は運行継続に関する協定を締結し、新可児~御嵩は2012年度末までの存続が決まったのです。
利用促進に取り組んでも減少を続ける広見線
財政支援のほかにも、沿線自治体は利用促進の取り組みも実行しています。主な取り組みは、以下の通りです。
- 自治体職員の通勤利用促進
- 駅~企業間のシャトルバス運行
- パーク&ライドの整備
- 乗り継ぎ情報の提供
- 学校行事での利用(遠足や社会見学など)
- イベントの実施
- イベント列車の運行
沿線地域は車社会です。そこで、マイカーから鉄道への転換を図る取り組みを中心に、施策が検討されます。また、学校行事やイベントなどを通じて、新たな需要喚起にも注力しました。
これらの施策には目標値を設定し、2012年度の年間利用者数を「111万人に増やす」という数値も掲げられました(2008年度の利用者数は約107万人)。そのうえで、最終年度の2012年度に総合的な評価をおこない、2013年度以降の存廃を決めることも確認します。
こうして、2010年度から広見線の存続をめざして動き始めた沿線自治体。利用促進を目的としたイベントでは、目標値を大きく上回る施策もありました。しかし、全体の利用者数は減少の一途をたどり続けたのです。その理由は、沿線地域の少子化・過疎化などによる「定期客の減少」でした。
沿線自治体は、学校や企業への働きかけを強化したり、イベントによる啓蒙活動に注力したりと対策を打ちます。それでも、2010年度の年間利用者数は100万人を割り込んでしまったのです。
その後も、利用者数は低迷。「111万人に増やす」という目標達成が危ぶまれるなか、沿線自治体は2012年8月29日に開かれた第7回協議会で、今後の検討を始めます。
この協議会で「広見線は地域に必要な社会インフラである」と、改めて確認。名鉄への財政支援を続けながら、存続を基本とする方針が示されます。
沿線自治体が存続を決めたのは、「定期客が多い」ことも理由のひとつでした。新可児~御嵩の通勤通学定期客は、1日で約1,000人(2011年度)。鉄道を廃止にしてバス転換すると、ラッシュ時には毎時7~8往復の運行が必要で、それでも乗客の取りこぼしが発生することが懸念されたのです。
こうした理由もあって、2013年度以降の支援継続が決定。支援額は、これまでと同じく年間1億円で支援期間は3年間としました。その後も名鉄への支援に関する協定は更新され、今日まで続いているのです。
「インバウンド対策」で利用者微増もコロナで撃沈
支援の継続が決まったとはいえ、新可児~御嵩の利用者減少は続いています。沿線自治体は運賃や回数券の補助制度を新設するなど、取り組みを強化。さらに2016年度からは、観光誘客を狙ったイベントや観光資源の発掘にも注力。沿線の観光施設では英語表記を進めるなど、インバウンド客への対応も図ります。
こうした取り組みも功を奏してか、利用者数は2014年度を底に減少に歯止めがかかり、その後、わずかながら増加に転じたのです。
■名鉄広見線(新可児~御嵩)の年間輸送人員と輸送密度の推移

参考:「第46回名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅)活性化協議会」より筆者作成
ただ、観光誘客には大きな落とし穴があります。新型コロナウイルスの流行も、そのひとつです。この影響で、2020年度の利用者数は約71万人にまで減少。その後は回復傾向にあるものの、2024年度は約79万人とコロナ禍前と比べて約13%減少します。
また、新可児~御嵩の輸送密度は2014年度以降2,000人/日を割り込み、厳しい状況は続いていたのです。
名鉄が広見線の支援見直しを要望
コロナの影響は、名鉄の経営にも打撃を与えました。
名鉄は2021年に「現在の支援内容での路線維持は困難」と沿線自治体に報告。国や県を交えた新たな協議体の設置を要望します。国の制度を活用することで、支援額を増やしてほしいと求めたわけです。ちなみに、新可児~御嵩の赤字額は2億円前後。利用促進の取り組みなどにより一時的に減ったものの、コロナ禍前から増加傾向にありました。
■新可児~御嵩の経常損益の推移(単位:万円)

参考:御嵩町「名鉄広見線(新可児~御嵩駅間)の今後に関する検討状況 説明会」をもとに筆者作成
話し合いの結果、名鉄と沿線自治体は「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後の協議に関する合意書」を、2023年2月に締結します。合意書には、従来の支援は2025年度まで継続し、2026年度以降については国や県を交えた新たな協議体(勉強会)で、存廃を含めて対応を協議することが記載されます。
平たく言えば、2025年度末までに「新可児~御嵩をどうやって維持するのか、あるいは廃止にするかを決めましょう」と約束したのです。
【合意書概要】
出典:御嵩町「名鉄広見線(新可児~御嵩駅間)の今後に関する検討状況 説明会」
・沿線市町及び名鉄は、2026年度以降の取り扱いについて、双方協議の上、結論を出すものとし、2026年度以降の協議をするうえで必要な調査、分析、評価、その他検討を行うため、岐阜県と国を加え、担当者で構成する会議体を設置する。
こうして名鉄と沿線自治体は、同年4月に「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後に関する勉強会」を発足。利用者数や収支だけでなく、沿線住民の意識調査やクロスセクター効果なども含めて、多角的な視点で広見線の真の価値に迫ることになりました。
なお、この勉強会で名鉄は、今後15年間の収支予測や設備投資計画を提示。収支は人口減少による収入減と物価高騰による費用増により赤字額の増大が見込まれること、また設備投資計画では老朽化した設備の更新費として今後15年間で約17億6,000万円が必要と説明しています。
広見線(新可児~御嵩)の価値が明らかに
勉強会は、2024年11月までの1年半に12回開催。さまざまな調査結果が集まりました。ここでは、利用頻度に関するアンケート調査の結果と、クロスセクター効果の分析結果を紹介します。
毎日利用する高校生は45%、社会人は1%
利用実態調査では、高校生や社会人などにセグメントして実施されました。
このうち、広見線で通学する高校生の割合は45.1%という結果に。沿線3校(東濃・東濃実業・八百津)の生徒数は約1,000人(アンケート未回答者も含む)ですから、450人前後が広見線で通学している計算です。
一方、社会人で「ほぼ毎日」利用すると答えた人は1.0%、「週に4~5日程度」が1.4%に対し、「利用していない」人は60.1%という結果でした。
■高校生の通学利用(回答者数:752人)

■社会人の利用頻度(回答者数:1,350人)

ちなみに、住民アンケートでは公的支援による運行継続についての質問もされています。
その結果、現状の支援額での鉄道存続(運行継続)を求める人の割合は、6割以上を占めています。「自分は使わないけど、学生などのために存続してほしい」と願う人が多いようです。ただ、可児市がおこなった意識調査では「自治体の支援終了」を求める市民が50.5%もいるという調査結果も報告されています。
新可児~御嵩の廃止で約2憶6,390万円の地域損失に
クロスセクター効果の分析では、新可児~御嵩が廃止されたときに必要な自治体負担額や、地価下落による税収減少などの影響を調査しています。
自治体負担額の内容には、「病院の送迎バスやスクールバスの運行」「通院・買物のためのタクシー券配布」「観光タクシーの運行」など7分野13項目の金額を試算。分野別代替施策費用(=鉄道の価値)は、年間で約2憶6,390万円と報告されています。
ざっくりいうと、新可児~御嵩が廃止されると、沿線自治体は毎年約2憶6,390万円の損失を被るという結果です。自治体としては、支援額を増やすための「理由付け」になるでしょう。
みなし上下分離で広見線の存続を模索
さまざまな調査結果が集まるなかで、名鉄は「1億円の公的支援では、民間事業者として鉄道を運営していくことはできない」と改めて説明します。
多くの高校生が利用しているといっても、少子化で今後減っていくのは明白です。利用促進をおこなっても通学定期客の減少分を穴埋めできず、将来利用者が増加する見込みもありません。
一方で、物価高騰などによる経費の増加、老朽化にともなう設備更新費用も重荷となり、1億円の自治体支援があっても続けられないと、名鉄が主張。そのうえで、鉄道を存続させるには「持続可能な運営方式を検討する必要がある」と、上下分離方式などの検討を求めます。
こうして勉強会では、新可児~御嵩の将来のあり方について議論。「上下分離方式」「みなし上下分離」「第三セクター化」「BRT転換」「バス転換」などの方策で、比較検討を始めます。
このうち、「上下分離方式」と「第三セクター化」は、新会社設立の準備期間や費用、人材育成などの点でデメリットが大きいとして脚下。また「BRT転換」は、専用道の整備費が36億円と試算され、初期投資が高すぎるため脚下されます。
これにより、残りの「みなし上下分離」と「バス転換」が、現実的な解決方法として今後検討していくことが確認されたのです。ちなみに、それぞれの自治体負担額(年間)は、みなし上下分離が約1億8,362万円、バス転換が約8,927万円です(2024年の資料より)。みなし上下分離にすると、支援額は大幅に増加します。
みなし上下分離よる存続か、それともバス転換か。その判断時期について、名鉄は2025年6月までに結論を出してほしいと要望します。これに沿線自治体は受け入れたものの、その後、可児市と御嵩町のあいだで意見の不一致が顕在化。新可児~御嵩が廃止されても鉄道が残る可児市と残らない御嵩町とのあいだで温度差が生じ、議論が長引いたのです。
約束の時期から遅れること2か月。沿線自治体は「みなし上下分離」を軸に名鉄との協議継続の方針を、2025年8月25日に決定します。また「2027年4月からの移行を目指す」と、時期も明示しました。支援額が増えても鉄道が必要と、覚悟を決めた沿線自治体。こうして2025年8月末から名鉄との「みなし上下分離方式による鉄道存続協議」がスタートします。新可児~御嵩の存廃をかけた、最終議論が始まったのです。
協議終了で広見線(新可児~御嵩)の廃止が確定
協議では「みなし上下分離で持続的な運行ができるか」を焦点に、名鉄と沿線自治体が議論。必要な事業費の積算や費用負担の考え方などを話し合います。
そして2026年5月29日。名鉄と沿線自治体は、一斉に協議結果を発表します。その内容は、「みなし上下分離方式による鉄道存続協議を終了する」というもの。両者は合意に至らなかったのです。その理由として、沿線自治体は以下の4点を挙げています。
①低燃費車の普及、道路整備等による車社会のさらなる進展、人口減少、少子高齢化、生産年齢人口の減少により、利用者の減少に歯止めが掛からず、恒常的な利用者増加が見込めない。
②みなし上下分離方式として、沿線市町が担う“下”部分の財政的負担 (3.4億円/年)が大きく、他の住民サービスへの影響が避けられない。
③近年の物価高騰や人件費上昇により、事業費、沿線市町負担額が今後さらに増える可能性がある。
④みなし上下分離方式の性質上、災害時には沿線市町が担う“下”部分の復旧費用を負担する必要もあり、突発的費用負担への対応が難しい。
出典:御嵩町「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後について」
人口減少やモータリゼーションの進展などの影響で利用者数は減少の一途をたどり、「将来、利用者が増える見込みがない」という点が①の内容です。
また②では、みなし上下分離方式の負担額が年間で3億4,000万円と、2024年の試算額(1億8,362万円)より増えたことが、不合意の理由と伝えています。負担額が増えた理由は、物価高騰などとされています。
ほかにも、自治体負担額が大きく増える要因もあり、「これ以上の負担はできない」と沿線自治体は断念。協議の終了、すなわち新可児~御嵩の廃止が事実上決定します。
今後は、バスなどの交通モードで地域公共交通を再構築していくことになります。ただ、この線区の輸送密度は1,714人/日(2024年度)。鉄道が廃止になると3~4割の利用者はマイカーにシフトするといわれますが、それでも多くの人がバスを利用することになります。バスドライバー不足が深刻化するなかで用意できるかは、今後の協議の懸念事項です。
なお、新可児~御嵩の廃止時期は決まっていません。沿線自治体は2028年度末までの運行継続を要望しています。
名鉄広見線の関連記事
※名鉄では、西尾・蒲郡線(西尾~蒲郡)でも沿線自治体との協議が続いています。西尾・蒲郡線の協議の流れは、以下の記事で詳しく解説しています。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
名鉄広見線活性化協議会 会議報告(御嵩町)
https://www.town.mitake.lg.jp/portal/life-process/land-park-road-traffic/traffic/post0045991/
名鉄広見線(新可児~御嵩駅間)の今後に関する検討状況 説明会(御嵩町)
https://www.town.mitake.lg.jp/wp-content/uploads/02ee251022b96301605f5a7f041a2494.pdf
名鉄広見線に関する現状分析・調査報告書(名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後に関する勉強会)
https://www.city.kani.lg.jp/secure/27646/R7.8.25benkyoukaisiryou.pdf
名鉄広見線の新可児~御嵩駅間に関する市民アンケート結果(可児市)
https://www.city.kani.lg.jp/secure/27646/R7.5.30kekka.pdf
今後の地域公共交通ネットワークのあり方検討調査報告書(名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後に関する勉強会)
https://www.city.kani.lg.jp/secure/27646/R7.8.25benkyoukaihoukokusyo.pdf
名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後について
https://www.town.mitake.lg.jp/portal/life-process/land-park-road-traffic/traffic/post0091396/
https://www.city.kani.lg.jp/25286.htm