広見線は、愛知県の犬山と岐阜県の御嵩を結ぶ名鉄(名古屋鉄道)の路線です。このうち新可児~御嵩は、年間約1億円の財政支援を含め、沿線自治体がさまざまな支援をおこなうことで運行を継続しています。
しかし2024年の夏、名鉄は支援に関する協定を「今後継続しない」と沿線自治体に伝達。これに自治体側も了承し、新可児~御嵩の存続・廃止協議が始まりました。新可児~御嵩は、廃止を避けられるのでしょうか。2006年から続く名鉄と沿線自治体との協議の流れをみていきます。
名鉄広見線の線区データ
協議対象の区間 | 広見線 新可児~御嵩(7.4km) |
輸送密度(1996年→2019年) | 4,274→1,925 |
増減率 | -55% |
赤字額(2019年) | 2億5,144万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
可児市、御嵩町、八百津町、商工会議所、観光協会など
名鉄が広見線(新可児~御嵩)の「あり方」協議を申し入れ
名鉄は2005年に、岐阜県可児市と御嵩町に対して、広見線の利用促進に関する協議を申し入れます。対象線区は新可児~御嵩。この線区は利用者の減少に歯止めがかからず、赤字額も増加傾向にありました。これに両市町は了承。2006年1月から2007年5月にかけて、利用促進の意見交換などをおこないます。
その後、合理化案を含めて本格的に検討する場として、沿線自治体は「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅)対策協議会」を設置。2007年6月21日に第1回の会合が開かれます。
名鉄は当初「地元と協議して広見線の利用促進を図る」という姿勢で、協議に参加していました。しかし、同年11月2日に開催された幹事会で「年間の赤字額が2億4,000万円超で、このままでは路線を維持できない」と主張。さらに、「広見線をどうしていくのか、自治体の考えを2008年12月末までに示してほしい」と、沿線自治体に求めたのです。
名鉄も、広見線を維持するためにワンマン化などの経費削減を進めていました。しかし、利用者数は減少の一途をたどり続け、経費削減だけでは限界を迎えていたのです。
■名鉄広見線(新可児~御嵩)の年間輸送人員の推移(単位:万人)
また第2回協議会(2008年2月6日)では、名鉄が「新可児~御嵩は、大量輸送という鉄道の特性を発揮できていない」と主張。「公共交通には、路線バスやコミュニティバスなどもある。その視点でも検討してほしい」と、鉄道の廃止にも踏み込んで協議したいと伝えます。
この提言に、沿線自治体は名鉄の事情を理解しつつも「現状分析や調査にもとづいた対応策の検討など、プロセスを踏む必要がある」として、2008年12月末までに自治体の考えをまとめるのは困難だと主張。猶予の時間を与えてほしいと懇願します。
いずれにしても、沿線自治体は新可児~御嵩に対する考えを、早急に示さなければなりません。そこで3月19日に、可児市と御嵩町は緊急会談を実施。新可児~御嵩の「存続」をめざし、新たな協議組織を設置して広見線のあり方を検討していくことになったのです。
利用者減少の最大要因は「高校生の減少」
新たな協議組織には、沿線自治体のほか地元の商工会や観光協会、高校やPTAといった教育関係者も参加します。その組織が、「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅)対策協議会」です。協議会の目的は、名鉄に求められた該当線区の将来に対する「自治体の考え」をまとめることでした。
第1回の協議会は、2008年5月2日に開催。新可児~御嵩の利用状況などを分析した報告書をもとに、さまざまな意見が出されます。
広見線は、通勤通学定期客が約8割を占めるローカル線です。なかでも沿線の高校に通う通学定期客が多く、利用者全体の半分以上を占めます。その高校生の数が、少子化や過疎化などの影響で減少。わずか10年で、生徒数が半分以下に減った高校もありました。当然、広見線の通学定期客の減少につながります。
■広見線沿線の主な高校の生徒数の推移
また、通勤定期客や定期外客も減少。その結果、全体の利用者数が半減したのです。こうした実態が明らかになり、協議会では高校生や沿線住民に対する住民アンケートの実施を決定。広見線の課題を整理し、利用促進計画を策定していくことになります。
自治体支援を前提に名鉄広見線の存続が決定
住民アンケートの結果は、第3回協議会(2008年12月5日)で報告されます。このなかには、広見線の利用頻度に関する質問もありました。その結果を見ると、「ほぼ毎日」「平日はほぼ毎日」と答えた人は合計14%。一方で「年に数回」と答えた人は46%。沿線地域の車社会を示した結果です。
また住民アンケートでは、名鉄に対する財政支援の質問もしています。その結果は、「支援すべき」「財政支援はやむを得ない」と答えた人は65%を占め、「税金を投じてでも広見線を存続させたい」と考える住民が多いことも明らかになりました。
これらの結果を受けて、沿線自治体は「名鉄に財政支援をしながら広見線を存続させる」という方針で一致。財政支援は、「名鉄への運行支援」または「上下分離方式への移行」という2つの選択肢を挙げ、2008年12月18日に名鉄に「自治体の考え」の回答書を手渡します。
その後、第4回協議会(2009年2月23日)では「継続運行に関わる基本方針」を策定。収支改善には利用者の増加が不可欠として、沿線自治体が主体となり利用促進に取り組む方針が示されます。なお、第4回協議会では「上下分離方式に移行しても赤字収支になる」という試算結果も提示されており、自治体による財政支援は「名鉄への運行支援」でおこなうことも決まりました。
この方針を受けて2009年5月1日に、名鉄と沿線自治体が会談を実施。名鉄は、沿線自治体が利用促進や収支改善の支援をすることを前提に、広見線を存続する考えを伝えたのです。
(名鉄の発言)
出典:第5回名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅)対策協議会 議事等綴り
その基本方針に基づき、沿線市町が「利用者の増加・収支改善のための支援」へ主体的に取り組まれるという前提において、民間事業者として、可能な範囲での協力をさせていただく。
年間1億円の財政支援と地域に向けた利用促進策
2009年7月9日に開かれた第5回協議会では、名鉄への運行支援額について検討されます。その結果、支援額は年間1億円に決定。負担割合は、御嵩町が70%、可児市は30%です。この支援は、2010年度から2012年度までの3年間実施されることになりました。
また、この協議会では利用促進の具体的な取り組み案も話し合われています。主な取り組みは、以下の通りです。
- 自治体職員の通勤利用促進
- 駅~企業間のシャトルバス運行
- パーク&ライドの整備
- 乗り継ぎ情報の提供
- 学校行事での利用(遠足や社会見学など)
- イベントの実施
- イベント列車の運行
…など
車社会の沿線地域であることから、マイカー通勤から広見線への転換を図る取り組みに重視した内容です。また、学校行事やイベントなどを通じて、新たな需要喚起にも取り組みます。
これらの施策も、2010年度から2012年度まで3年間実施。施策ごとの目標値も示され、2012年度の利用者数を「111万人にする」という数値も掲げられました。ちなみに、2008年度の利用者数は約107万人ですから、減少に歯止めをかけるのが目的だったと考えられます。そのうえで、最終年度(2012年度)に総合的な評価をおこない、2013年度以降の存廃を決めることも確認されます。
ここで決まった内容は、2009年9月16日に名鉄へ報告。その後、名鉄と沿線自治体は、広見線(新可児~御嵩)の運行継続に関する協定を結び、2012年度までの運行継続が決まったのです。
利用促進に取り組んでも減少の一途をたどる広見線
2010年4月から、新たな出発を迎えた広見線の新可児~御嵩。沿線自治体の協議会も「名鉄広見線活性化協議会」に名称を変更し、利用促進を中心に話し合う組織へと衣替えします。
この協議会では、各種取り組みの実績が随時報告され、年度ごとに取りまとめることになりました。なかでも、住民団体やサポーターなどが実施したイベントは、大きな効果を生んだようです。2010年度に実施したイベントでは、2,190人の目標値に対して、結果は9,811人の利用に結びつき大健闘しています。
一方で、定期客は通勤通学いずれも減少傾向に。全体の利用者数も減少に歯止めがかからず、2010年度は100万人を割り込んでしまいます。沿線自治体は、学校や企業への働きかけを強化したり、イベントによる啓蒙活動に注力したりと対策を打ちますが、2011年度は96万8,000人と、さらに減ってしまったのです。
「2012年度は111万人に増やす」という目標達成が危ぶまれるなか、沿線自治体は2012年8月29日に開かれた協議会(第7回名鉄広見線活性化協議会)で、今後の検討を始めます。この協議会で、「広見線は地域に必要な社会インフラである」と、改めて確認。名鉄への財政支援を続けながら「存続を基本」とする考えが示されます。
沿線自治体が存続を決めたのは、「定期客が多い」ことも理由のひとつでした。新可児~御嵩の通勤通学定期客は、1日で約1,000人(2011年度)。鉄道を廃止にしてバス転換すると、ラッシュ時には毎時7~8往復の運行が必要であり、それでも乗客の取りこぼしが発生することが懸念されたのです。
こうした理由から、名鉄に対する運行支援の継続が決定。支援額は、これまでと同じく年間1億円としました。その後、2013年4月に名鉄と協議し、運行継続が決定。支援期間は3年間とし、広見線の延命が決まります。その後も、名鉄との協定は3年ごとに更新され、現在は2025年度末までの存続が決まっています。
インバウンド対策で広見線の利用者減少に歯止めがかかる?
延命が決まったとはいえ、3年後には再び存廃の判断をしなければなりません。沿線自治体は運賃や回数券の補助制度を新設するなど、利用促進の取り組みをさらに強化します。その甲斐もあってか利用者数は2014年度を底に、減少に歯止めがかかったのです。
■名鉄広見線(新可児~御嵩)の年間輸送人員の推移(単位:万人)
2016年度からは「地域の魅力づくり」を強化。観光誘客を狙ったイベントや観光資源の掘り起こしなどに注力していきます。とくに、インバウンドへの対応に注力。外国人旅行客への「おもてなし」ができる人材育成や、観光施設の関係者に英語表記を求めるなど、インバウンド対策が進められます。
2019年度の利用者数は約91万人と、わずかながら増加傾向に。住民や団体による協力体制が構築され、「広見線が地域活性化につながる」と認識されたことも、利用者の減少に歯止めをかけた一因になったと考えられます。
コロナで再び利用者減に…支援継続か?廃止か?
ただ、観光誘客には大きな落とし穴があります。2020年の新型コロナウィルスの流行も、そのひとつです。コロナの影響で、2020年度の新可児~御嵩の利用者数は約71万人にまで減少。その後は回復傾向にあるものの、2023年度は約78万人とコロナ禍前と比べて約15%減少しています。また、輸送密度も2014年度以降は2,000人/日を割り込み、2022年度は1,672人/日まで落ち込みました。
こうしたなかで名鉄は、2024年夏に「財政支援の協定は、今後更新しない」という考えを沿線自治体に伝えます。その理由として、利用者の減少だけでなく、今後必要な鉄道施設の更新もあるようです。御嵩町によると、名鉄はこれまでの支援にくわえて「今後15年間で17億6,000万円の追加支援」を沿線自治体に求めたそうです。
これを受けて、沿線自治体は2026年度以降の対応について検討を開始。2024年12月時点で、「みなし上下分離による鉄道の維持」と「鉄道の廃止・バス転換」の2案で検討していることが明らかになっています。
なお、みなし上下分離にしたときの財政支援額は年間で約1億8,000万円。これまでの支援額より大きく増え、人口減少が進む自治体の財政状況では支援が難しいでしょう。とはいえ、バス転換となればラッシュ時に毎時7~8往復の運行が必要です。ドライバー不足が深刻化するなかで、運行を引き受けるバス事業者がいるのかという課題もあります。広見線の未来は、どうなるのか。沿線自治体は「2025年6月に結論を出す」と伝えています。
※名鉄では、西尾・蒲郡線(西尾~蒲郡)でも沿線自治体との協議が続いています。西尾・蒲郡線の協議の流れは、以下の記事で詳しく解説しています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
名鉄広見線活性化協議会 会議報告(御嵩町)
https://www.town.mitake.lg.jp/portal/life-process/land-park-road-traffic/traffic/post0045991/
名鉄広見線 名鉄が財政支援協定終了を通達で来年6月存廃判断(NHK東海 2024年12月12日)
https://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20241212/3000038883.html