2025年6月に開かれた、富山地方鉄道の取締役会。出席した幹部らは、本線の滑川~新魚津と立山線の岩峅寺~立山の「鉄道のあり方」に関する方針を承認します。その方針は、沿線自治体にも報告。2025年中に自治体が支援の方針を示さなければ、「廃止に向けた手続きを始める」という富山地方鉄道の意向が伝えられます。
富山地方鉄道に、いったい何が起きたのでしょうか。また沿線自治体は、どんな支援スキームを検討するのでしょうか。鉄軌道王国・富山の私鉄をめぐる、存廃協議の流れをまとめました。
※コンパクトシティ構想を掲げる富山市が、富山地方鉄道に対して支援してきた内容は、以下の記事で詳しく解説します。
富山地方鉄道の線区データ
| 協議対象の区間 | 本線 上市~宇奈月温泉(40.0km) 立山線 五百石~立山(21.5km) 上滝線 月岡~岩峅寺(5.8km) | 
| 輸送密度(2003年→2022年) | 本線(全線):2,399→1,922 立山線(全線):832→617 不二越線(稲荷町~南富山):960→1,064 上滝線(全線):1,002→1,364 | 
| 増減率 | 本線(全線):-20% 立山線(全線):-26% 不二越線(稲荷町~南富山):11% 上滝線(南富山~岩峅寺):36% | 
| 赤字額(2024年) | 8億3,890万円(鉄道事業のみ) | 
※赤字額は、2024年のデータを使用しています。
協議会参加団体
富山市、魚津市、滑川市、黒部市、立山町、上市町、舟橋村、富山地方鉄道ほか

コロナの影響で大赤字に転落した富山地方鉄道
近年の富山地方鉄道は、「軌道線などの黒字で鉄道線の赤字をカバーする」という経営を続けてきました。しかし、この構図が崩壊する出来事が2020年に発生します。新型コロナウイルスの感染拡大です。
2020年は、富山ライトレールを吸収合併した年でもあり、エリアが拡大したところで軌道線も赤字に転落。非鉄道事業を含めた経常損益は約38億円の赤字という、厳しい状況に追い込まれます。
■富山地方鉄道の軌道線と鉄道線の営業損益(単位:万円)

参考:「鉄道統計年報」をもとに筆者作成
軌道線は2021年度に黒字回復しますが、鉄道線の赤字を穴埋めできるほどの利益はありません。その後も鉄道線の利用者数は回復が鈍く、くわえて電気代や資材費などの高騰が続き、赤字経営が慢性化していきます。
こうしたなかで富山地方鉄道は、再構築に向けた「勉強会」の設置を沿線自治体に申し入れます。国の支援制度(鉄道事業再構築事業)を活用し、経営を立て直せないかと考えたわけです。この申し入れを受け、沿線自治体は2024年2月に勉強会を設置。現状の課題や支援制度の確認など、経営課題の解決に向けて動き始めます。
みなし上下分離の導入に富山県が「待った」
勉強会では、上下分離方式またはみなし上下分離への移行や、他事業者への経営移管、あいの風とやま鉄道と並行する区間の併用など、さまざまな方策が検討されます。最終的には、富山地方鉄道の意向で「みなし上下分離」を念頭に、全線存続をめざすことで一致。勉強会に参加していない富山県を含めた協議会を立ち上げ、より深く議論していくことが確認されます。
一方の富山県も、富山地方鉄道に対する支援の検討を始めます。富山県は、みなし上下分離へ移行した北陸鉄道の事例を参考に、富山地方鉄道の再構築事業費を独自に試算。総額600億円になるという結果を示しています。この結果を受けて富山県の新田知事は「相当の覚悟が必要」と、県議会定例会で発言。みなし上下分離の導入に、否定的な見解を示したのです。
みなし上下分離をめざす沿線自治体からみれば、なんとかして県の協力を得たいところです。そこで沿線自治体は2024年9月30日に、富山県の協議参加を求める要望書を提出します。
その後、「再構築事業の協議を始める段階ではない」という県の考えを受け入れ、協議を始める前に新たな検討組織を設置することで合意。こうして、富山県、沿線自治体、富山地方鉄道が一堂に集う「鉄道線のあり方検討会」の設置が決まります。
富山地方鉄道が一部線区の廃止を示唆
富山県も参加した富山地方鉄道の「鉄道線のあり方検討会」は、2024年11月28日に第1回が開催されます。この検討会で、黒部市や滑川市から「短期的な課題と中長期的な課題にわけて検討してはどうか?」という提案があります。
富山地方鉄道の鉄道事業の赤字額は、累計50億円以上。沿線自治体との協議中に資金ショートする可能性もあり、待ったなしの状況です。そこで、再構築事業とは別に、短期的な支援も必要だと黒部市などが提案。これに他の沿線自治体も同意し、長期的な支援のあり方が決まるまでの数年間は単年度で支援することが確認されます。
ただ、富山地方鉄道の経営状況は、沿線自治体の想定より遥かに悪化していました。
2025年2月に開かれた、沿線の副首長などが集まった実務者会議。この場で富山地方鉄道は「自社で安定経営できる線区」を伝えます。その線区は、本線が上市駅まで、立山線は五百石駅まで、不二越・上滝線は月岡駅までと説明。他の線区は、自治体から十分な支援を得られなければ「廃線も検討する」と伝えたのです。
つまり、本線の上市~宇奈月温泉、立山線の五百石~立山、上滝線の月岡~岩峅寺の計67.3kmが、廃止にする可能性があるとしたのです。この説明に、全線存続をめざす沿線自治体が動揺したのは、いうまでもありません。
そのうえで富山地方鉄道は、2025年度は約5億円の赤字が見込まれると説明。短期的な支援を沿線自治体に求めます。
線区別の分科会で「みなし上下分離」をめざすが…
2025年2月5日に開かれた検討会。ここでは短期的な支援として、2025年度の補助額が決定します。その額は約2億円。「物価高騰に対する支援」と沿線自治体は説明しています。
しかし、富山地方鉄道が求めた支援額は約5億円。3億円も足りません。これについて自治体側は「可能な限り支援するが、富山地方鉄道の経営努力で削減できる点もある」と指摘。これを受けて富山地方鉄道は、2025年4月より減便ダイヤを実施します。
ただ、1日6~30本を減便しただけで3億円の穴埋めはできないでしょう。そこで沿線自治体は、線区ごとに設置する分科会で支援のあり方を議論すると提言。この分科会で、残りの支援と中長期的な支援を決めることになりました。
この自治体案に対して、富山地方鉄道は「6月までに具体的な支援策を示してほしい」と要望します。6月には富山地方鉄道の取締役会が開催されます。それまでに決着をつけたいと考えたようですが、沿線自治体は回答を保留にしました。
分科会は「本線」と「立山線・不二越・上滝線」の2つにわけて、実施することになりました。
このうち、立山線などの分科会は2025年6月6日に初会合を開催。利用実態や住民アンケートをおこなうなど、今後の対応が確認されます。
ここでも富山地方鉄道は「自社で安定経営できない線区」について、みなし上下分離の導入を希望。自治体負担額の試算結果を明らかにします。その額は、立山線が年間で約2億円、不二越・上滝線(月岡~岩峅寺)が年間で約6,300万円です。
これに対して富山市が、不二越・上滝線はみなし上下分離を軸に再構築実施計画の素案をまとめると提言。年内にも実施計画を示す方針を伝え、廃止の撤回を求めます。
一方、本線の分科会は2025年7月1日に初会合を開催します。ここでも富山地方鉄道は、みなし上下分離を導入したときの自治体負担額を提示。年間3億2,000万円以上と見積もっています(あいの風とやま鉄道と並走する滑川~新魚津を除く線区)。この額に「負担できない」と伝えた首長もいたようです。
■みなし上下分離を導入した際の自治体の年間負担額
| 本線 | 立山線 | 上滝線 | ||
| 上市~滑川 | 新魚津~宇奈月温泉 | 五百石~岩峅寺 | 岩峅寺~立山 | 月岡~岩峅寺 | 
| 8,405万円 | 2憶3,874万円 | 7,238万円 | 1億2,790万円 | 6,297万円 | 
参考:第1回本線分科会「みなし上下分離モデルによる試算(令和7年度予算ベース)」をもとに筆者作成
なお、本線の初会合では一部線区の廃止案も議論されました。その線区は、あいの風とやま鉄道と並走する「滑川~新魚津」や、その先を含めた「滑川~宇奈月温泉」、さらに「上市~新魚津」などの案が出たようです。それぞれの案について今後、収支予測や運行経費、課題などを調査・検討し、2025年度中に結果を出すことを沿線自治体が確認します。
沿線自治体との協議が本格化するなかで、2025年7月31日に地元メディアが「富山地方鉄道が一部線区の廃止に動き始めた」と報道。6月の取締役会で承認された廃止区間と期限が、広く周知されます。地元メディアの取材に対して富山地方鉄道は、取締役会で廃止を承認した理由を説明。2月の検討会で「6月までに具体的な支援策を示してほしい」と要望したものの、「期限内に沿線自治体からの回答がなかったから」と話しています。
富山地方鉄道が2026年11月末の廃止方針を正式表明
2025年9月1日に開かれた、立山線の第2回分科会。富山地方鉄道は、7月末に報道された事実を認め、立山線の一部線区について廃止の準備を進めていることを明らかにします。対象線区は、岩峅寺~立山の14.2km。廃止時期は2026年11月末です。ただし、2025年中に自治体が支援の方針を示した場合は、見直すことも伝えています。
なお上滝線の月岡~岩峅寺については、前回の分科会で富山市がみなし上下分離で維持する方針を示したことから、富山地方鉄道は存続の意向を伝えています。
立山線の一部廃止方針に対して、沿線自治体の立山町が全線存続を主張。収支改善策などをまとめた調査報告を、2025年11月までに公表すると伝えます。
さらに富山県は、立山黒部アルペンルートの年間利用者数(約82万人)のうち、約10万人が立山線を利用していることを挙げ、「観光路線として残す必要がある」と主張。沿線自治体や県の観光部局などと連携し、存続に向けて取り組む姿勢を示します。また、山間部の落石・倒木防止といった斜面防災について、国の再構築事業を活用して2027年度の実施を目指す考えも伝えます。
これに対して富山地方鉄道は、前向きな提言に感謝しながらも、具体的な支援案を要望。2025年末までの期限は変えず、協議を続けることで一致しました。
なお、本線に関しては「滑川~新魚津は廃止の準備を進めていること」「新魚津~宇奈月温泉も廃止を基本方針としていること」を、富山地方鉄道は明らかにしています。期限が刻々と迫るなかで具体的な支援策を示せるのか、スピード感のある自治体の対応が求められます。
富山地方鉄道の関連記事
※コンパクトシティ構想を掲げる富山市が、富山地方鉄道に対して支援してきた内容は、以下の記事で詳しく解説します。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
富山地鉄社長「施設費用自治体で」 鉄道存続巡り「みなし上下分離」念頭に(北日本新聞 2024年5月29日)
【リンク切れ】https://webun.jp/articles/-/608410
富山地方鉄道再構築へ議論 沿線自治体で会議、課題説明(読売新聞 2024年6月11日)
https://www.yomiuri.co.jp/local/toyama/feature/CO068936/20240611-OYTAT50000/
赤字続く富山地鉄の再構築 約600億円の事業費が必要(NHK富山 2024年9月19日)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/toyama/20240919/3060017949.html
「富山県が当事者として…」財政負担の割合めぐり “県の参画” 求める方針を確認 富山地鉄再構築へ沿線7市町村の会議(チューリップテレビ 2024年9月24日)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1446472
赤字続く富山地鉄の支援のあり方検討 県も議論に参加へ(NHK富山 2024年9月30日)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/toyama/20240930/3060018049.html
鉄道存続へ危機感 富山地鉄在り方検討会、沿線首長「廃線望まず」(北日本新聞 2025年2月6日)
https://webun.jp/articles/-/750227
赤字続く富山地鉄鉄道線 沿線市町村が2億円支援へ 一方で春から減便(北日本放送 2025年2月5日)
https://news.ntv.co.jp/category/society/kn5843a6ec33ab4c3f8c57b3cac0c26ae8
富山地鉄不二越・上滝線、来年度「みなし上下分離」 富山市、維持費を負担(富山新聞 2025年6月6日)
https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/1767386
富山地方鉄道の運行継続を目指し 国の交付金活用を視野に調査(北日本放送 2025年6月5日)
https://news.ntv.co.jp/category/economy/kn86dbaa52f3fa4bb2a643c20db663ed3b
富山地方鉄道鉄道線のあり方検討会 本線分科会(滑川市)
https://www.city.namerikawa.toyama.jp/soshiki/10/5/3/9904.html
富山地鉄の不採算路線 自治体から支援示されなければ廃線へ 自治体は路線の価値分析し具体的な支援検討(チューリップテレビ 2025年7月31日)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2081583?display=1
富山地方鉄道 赤字続く鉄道線の一部区間 廃止の方針(NHK富山 2025年7月31日)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/toyama/20250731/3060020673.html
知事、立山線存続目指す 観光振興と地域活性化促進(富山新聞 2025年9月2日)
https://www.hokkoku.co.jp/articles/tym/1854429#goog_rewarded
 
 

