赤字の公共交通を維持するために、「交通税」という新たな税制を模索する地域があります。そのひとつが、滋賀県です。滋賀県では、公共交通を使う人だけでなく使わない人からも税を徴収し、鉄道やバスの維持や活性化に役立てようと、2019年から議論を続けています。
一般会計から事業者へ支援する自治体が多いなかで、滋賀県はなぜ交通税の導入を検討しているのでしょうか。また、反対意見など県民の反応はどうなのでしょうか。税のしくみや日本の類似税制の歴史も含めて、交通税の「あり方」を考察します。
交通税とは?滋賀県が考える交通税のしくみ
交通税とは、鉄道やバスといった公共交通の維持や活性化を目的とした税制の総称です。滋賀県では、「地域公共交通を支えるための税制」という名称の地方税が議論されています。
日本の公共交通事業者は、運賃収入で運営費などを賄う「独立採算制」が一般的です。しかし、モータリゼーションの進展や少子化・過疎化などの影響で利用者数は年々減少しており、事業者の自助努力だけでは維持できない路線も増えています。ただ、赤字だからといって必要な路線までを廃止にするわけにはいかず、多くの自治体では国の制度を活用しながら事業者を支援(赤字補てん)しているのが、日本の公共交通の実情です。
とはいえ、財源は無限ではありません。自治体も財政が逼迫しており、近年は支援額の減少や廃止といった「事業者への支援のあり方」を検討するところが増えているのです。こうしたなかで、事業者への支援に使う財源を確保するために、公共交通を使わない人からも税を徴収しようというのが、滋賀県が考える「交通税」のしくみです。
交通税に類似する税制は日本にもあった?
公共交通を使わない人からも徴収しようという考えは、フランスやドイツなど一部の国や地域で、税制としてすでに確立されています。
ただ、日本でこの考えにもとづく税制は今までありませんでした。かつて日本にあった、交通税と似たような税制といえば、1905年に設置された「通行税」が挙げられます。これは、鉄道や船などの運賃に課税され、消費税が導入された1989年まで存在した税制です(一時廃止された年代もある)。また1997年には、国鉄の長期債務返済を目的に「総合交通税」という税制が国会で議論されたこともあります。しかし、国鉄の借金を「利用者に負担を求めるのはおかしい」と、JRなどが反発。総合交通税の構想は頓挫しています。
いずれの税制も、課税対象者は公共交通を「使う人」です。滋賀県で議論されている交通税は、公共交通を「使わない人」を含め、すべての県民が課税対象である点が、従来の税制との大きな違いです。
なお、交通税の使い道として滋賀県は、路線バスなども含めたあらゆる交通機関を対象としています。近江鉄道の存廃協議と同時進行で話し合っていたため、「交通税は近江鉄道の維持に使われる」と解釈している人も多いようですが、近江鉄道だけに使われる税ではありませんので留意しましょう。
滋賀県で交通税を検討している理由
滋賀県は、なぜ交通税の導入を検討しているのでしょうか。その理由は、大きく3点にまとめられます。
公共交通の維持に必要な財源を確保するため
理由のひとつは、公共交通を維持する財源を確保するためです。
他の自治体と同じく滋賀県でも、一般会計から事業者を支援しています。その額は、年間で約37億6,000万円だそうです。ただ、人口減少などにより2040年代には23億8,000万円が不足すると、滋賀県は試算しています。
廃止や減便などで調整するのも一手ですが、サービスの低下により定住人口や流入人口が減少するなど、地域の衰退に拍車がかかることが懸念されます。それを防ぐためにも、必要な路線や本数を維持するうえで交通税の導入が必要と滋賀県は考えているようです。
公共交通に対する不満度が高い
滋賀県では、福祉や環境対策などの「住みやすさ」に関する世論調査を毎年実施しています。そのなかで「公共交通が整っているか」という問いに、県民の3分の2が不満に感じていると回答。21項目の質問のなかで、「不満度No.1」に14年連続で挙げられています。不満な理由としては、「運行本数が少ない」「駅やバス停まで遠い」などの意見が多いようです。
こうした「公共交通への不満度が高い」状況に滋賀県の三日月知事は、2018年に「地域公共交通を支えるための税制」を提言。運行本数の増加や公共交通のない空白地域を解消することで、地域公共交通の課題解決に乗り出したのです。
国の支援を待てない
鉄道やバスをはじめ地域公共交通を維持するために、国はさまざまな支援制度を用意しています。ただ、この制度の手続きや地方交付税措置では足りないなどの点で、滋賀県は不満を感じているようです。
国の制度を活用するには、地域公共交通計画を策定して国に認定されなければなりません。しかし、計画策定から支援を受けるまでに年単位の時間を要すこともあります。事業者の経営状況によっては「待ったなし」の場合もありますから、迅速に対応するためにも「自分たちで負担を分担するしくみを作ろう」という考えもあったようです。
「目指すべき公共交通」の実現には約148億円が必要?
滋賀県では、交通税などの新たな税制を審議する機関として、2019年4月に「税制審議会」を設置しています。この審議会で、交通税も本格的な議論が始まりました。
税制審議会は、2021年4月21日に「導入可能性を検討していくべき」と答申。さらに2022年4月20日には、滋賀交通ビジョンの見直しと並行して「県民とも議論をおこない、新たな税制を設けることに具体的に挑戦する」ように提言します。
これらを受けて、滋賀県は「誰もが、行きたいときに、行きたいところに移動ができる、持続可能な地域交通」を目指す「滋賀地域交通ビジョン骨子」を、2023年2月に策定。運行本数の少なさや交通空白地域を解消し、「利用者が求めるサービスレベル」を満たす地域交通の姿を提示します。具体的には、「通勤通学時間帯は20~30分に1本以上の運行間隔を確保する」「自宅から直近のバス停まで200~300m以内にする」などの施策を提示しました。
こうした「目指すべき公共交通の姿」を実現するには、赤字の事業者や路線に対する公的支援も求められます。そこで滋賀県は、2025年2月6日に公表した「滋賀地域交通計画(骨子案)」のなかで、鉄道やバスの必要なサービスを維持するための費用を試算したのです。これによると、「現在のサービスレベルの維持」に必要な額は約61億円。さらに、増便などの利便性を向上させた「目指す姿の実現に追加で必要な概算費用」は、約87億円と試算。これらをあわせて「目指す姿の実現に必要な概算費用」は、148億5,000万円と示されたのです。
■公共交通の目指す姿の実現に必要な概算費用
| 現在のサービスレベルの維持に必要な概算費用(a) | 61.4億円 |
| 目指す姿の実現に追加で必要な概算費用(b) | 87.1億円 |
| 目指す姿の実現に必要な概算費用合計(a+b) | 148.5億円 |
もっとも、この額をすべて交通税で賄うわけではありません。とはいえ、現状の一般会計から支出する公的支援(約37億6,000万円)と比べ100億円以上も増えることから、県民一人あたり1万円くらいの「増税」になることが予測されるのです。
なお、日本経済新聞が2025年11月26日に伝えた報道によると、既存の財源で賄えない追加施策の県の分担額は最大43億円とし、県の人口で単純に割ると1人約3,000円と試算しているようです。
本当に必要な税制か?反対も根強い交通税
公共交通の維持や活性化に必要といっても、利用しない人からみれば「ただの増税」です。「なぜ負担しなければならないのか」「本当に必要な税なのか」と疑問に感じる人は少なくありません。実際にネット上には、交通税に反対する意見も散見されます。その理由のひとつとして「受益者負担の原則」を唱える声も多いようです。
公共交通に限らず、日本の公共サービスは維持費を「利用者が負担する」という考えが根付いています。先述の「通行税」も、「便益があるのは使う人だから、使う人から徴収すればよい」という考えにもとづく税制でした。つまり、公共交通を使わない人には「メリットも便益もない税」だから、反対している人が多いと考えられます。
これに対して滋賀県は、「いま使っていない人も、各種施策により利用者が増える」と主張。また使わない人にも、渋滞の緩和や環境負荷軽減といったメリットがあるとして、地域に与える便益は約94億円になると説明しています。さらに、この便益とは別に、地域の活性化や移住・定住の促進、企業誘致などのメリットもあると伝えています。
■目指す公共交通の実現による影響(交通税のメリット・便益)
| 地域交通の利便性向上 | 現状:75.8万人(県総人口の約50%) 実施後:93.9万人(県総人口の約61%) |
| 自動車から地域交通転換による交通混雑の緩和 | 78.57億円/年(短縮時間 10,839時間/日) |
| 自動車から地域交通転換による環境負荷軽減 | 1.17億円/年(CO2排出削減量 1.1億トン/年) |
| 自動車から地域交通転換による健康増進 | 14.62億円/年 |
| 貨幣換算の難しい効果 | 駅前等のにぎわいの創出、地域の活性化、移住・定住の促進、企業誘致など |
また、日本の公共交通は独立採算制が求められ「事業性や収支採算性の確保」を前提とする考え方も、交通税の反対理由になっているようです。要は「赤字なら見直すべきだ」という考えです。
実際に、整備新幹線などの新線建設を検討する際にも、事業性や収支採算性を緻密に試算して黒字が見込めることも、事業化が認められる条件のひとつになっています。この考えが「赤字ローカル線の維持にも適用される」と思っている人は、少なくありません。
これに対して国土交通省は、人口が減少するなかで地域公共交通を「独立採算制を前提として存続することはますます困難になる」「このままでは、あらゆる地域で路線の廃止・撤退が雪崩を打つ交通崩壊が起きかねない」と警笛を鳴らしています。
また滋賀県も、環境を守ることに対する税と同じく、公共交通も税で守る考えが必要ではないかと、県民に理解を求めています。ちなみに三日月知事は、鉄道の再構築協議会のしくみを作った「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」に招集された際、以下のような意見を述べています。
公共で必要なものとして守るための負担というものを民間事業者や利用者だけに求めることができるのかということで言えば、それは持続可能じゃないよねという、こういう理解も広がりつつあるのは確かでございます。具体的に言えば、例えば森林を作り守るための県民税というものも作りながらですね、等しく負担を分担し、必要な財源を確保するということもやっておりますので、同じ文脈で公共交通というものを位置づけて、それを守るための負担分担をする仕組みというのが作れないかという議論を今行っているところです。
出典:第2回 鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 議事録
交通税議論に欠けている「地域公共交通のあり方」の議論
交通税に反対する人のなかには、「地域にとって必要な公共交通は残すべき」と考えている方もいらっしゃいます。「なんでもかんでも収支採算で決めるのはよくない」「だけど、現状維持のために多額の税を投入するのはいかがなものか?」といった考えです。
つまり、現在の鉄道やバスといった公共交通が「地域にとって本当に適切な交通モードなのかという議論も必要」と考えている人は、意外と多いように感じます。「1日の利用者が100人に満たない地域で、鉄道や大型バスが必要なのか」「仮に必要な場合、税金を使って維持することが持続可能な公共交通といえるのか」と疑問に感じる人も少なくないでしょう。
これについて、滋賀県税制審議会も2025年10月20日の答申で以下の指摘をしています。
新たな税を導入しようとする場合は、まずは、既存の地域交通をそのまま維持するのではなく、地域の実情に応じたダウンサイジングやデマンド化等による交通体系の適正化と、コストの縮減に最大限努めることが求められる。
出典:滋賀県税制審議会「みんなの移動を支え、暮らしを豊かにする新たな税のあり方について(答申)」
あわせて、移動を支えるための施策の財源を新たな税に求めることの意義を説明し、県民の理解を得る努力が必要である。
もっとも、滋賀県が考える公共交通も、利用者の少ない地域では「ライドシェア等への転換」「スクールバス等によるバス路線の補完」など、地域ごとに適切な交通モードも検討しています。
ただ、その議論は十分とはいえず、既存交通の再編や合理化といった目標は示されているものの、多くの県民には伝わっていないのも事実です。いまだに「近江鉄道を維持するための税」と考える人も多いですし、単に「現状維持に使う税」と捉えて反対している県民も多いのではないでしょうか。
税制審議会の答申に対して、三日月知事は2026年3月までに策定予定の「滋賀地域交通計画」に、具体的な内容を盛り込む考えを示しています。
公共交通の各種施策は「まちづくり」との連携も大事です。学校や役所、医療機関、商業施設といった公共交通利用者の多い施設が、駅やバス停から離れていれば、みんなマイカーなど別の手段を使って行きます。
車がなくても効率よく移動できるまちづくりのビジョンも掲げつつ、さらに公共交通を利用しない人への具体的な便益を示すことも、県民の理解を得るうえで大切ではないでしょうか。
参考URL
滋賀地域交通計画(骨子案)
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5527473.pdf
滋賀県税制審議会
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kurashi/zeikin/306078.html
鉄道と通行税(国税庁)
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/quiz/1612/answer.htm
県政世論調査(滋賀県)
https://www.pref.shiga.lg.jp/hiroba/survey/
みんなの移動を支え、暮らしを豊かにする新たな税のあり方について(2025年10月20日答申)(滋賀県税制審議会)
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/table/5571100.pdf
アフターコロナに向けた地域交通の「リ・デザイン」有識者検討会(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/content/001484124.pdf
独立採算のままで鉄道の維持・発展は可能か(國學院大學メディア)
https://www.kokugakuin.ac.jp/article/293154
「交通税」は滋賀県民1人3000円以下 県税制審議会へ諮問(日本経済新聞 2025年11月26日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF256EX0V21C25A1000000/