くま川鉄道は、熊本県の人吉温泉と湯前をつなぐ第三セクター鉄道事業者です。2020年7月の豪雨災害で甚大な被害を受けたものの、沿線自治体などの手厚い支援により2026年9月に復旧。6年ぶりの運転再開を果たしました。
ただ、同じ災害で被災し、人吉温泉駅(人吉駅)で接続するJR肥薩線は、まだ復旧していません。他線との鉄道ネットワークがない「孤立路線」でも、沿線地域はなぜくま川鉄道を復旧させたのでしょうか。被災前から抱えるくま川鉄道の課題や災害復旧の経緯、復旧後の沿線自治体の取り組みなどをまとめました。
くま川鉄道の線区データ
| 協議対象の区間 | 湯前線 人吉温泉~湯前(24.8km) |
| 輸送密度(1989年→2019年) | 2,190→1,104 |
| 増減率 | -50% |
| 赤字額 | 1,946万円 |
※赤字額は、被災前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
人吉市、錦町、多良木町、湯前町、水上村、相良村、五木村、山江村、球磨村、あさぎり町、熊本県、くま川鉄道ほか

被災前のくま川鉄道は「利用者増加」が課題に?
くま川鉄道は、第三次特定地方交通線に指定された国鉄湯前線を継承し、いったんJR九州を経て1989年に開業しました。
開業後、増便やラッシュ時の増結で混雑緩和を図るなどサービス改善に努めた結果、利用者が増加。開業2年目には、黒字経営を達成します。しかし、翌1991年度には赤字に転落。以降、慢性的な赤字に陥ります。
利用者数も、年間140万人超をピークに減少を続け、2000年代には100万人を割り込みます。減少の理由は、利用者の約8割を占める通学定期客の減少です。沿線には5つの高校がありましたが、少子化により生徒数が激減。くま川鉄道の通学定期客も、1990年の約3,000人から2006年には約1,900人にまで減ってしまったのです。
こうしたなかで開かれた、2009年の株主総会。ここで、国鉄の転換交付金などをもとにした基金が「あと3年で枯渇する」と報告されます。廃止の危機感を強めた沿線自治体は、2010年に地域公共交通総合連携計画を策定。国の補助を受けながらくま川鉄道を支援するとともに、利用促進策などの取り組み強化を確認します。
この取り組みが功を奏し、減少傾向だった利用者数にストップがかかります。
2014年3月には、水戸岡鋭治氏がデザインを担当した観光列車「田園シンフォニー」が運行開始。インテリアには地元産のヒノキを使用し、飾り棚には特産品の焼酎を陳列するなど、ユニークな列車が評判を呼びます。このころからインバウンド客が増えたこともあり、くま川鉄道の利用者数は徐々に増加していくのです。
■くま川鉄道の年間利用者数の推移(単位:万人)

参考:「人吉・球磨地域公共交通計画」をもとに筆者作成
利用者が増えたもうひとつの要因として、「高校の再編統合」がありました。
2015年には、沿線の多良木高校が募集を停止。通常であれば通学定期客の減少が見込まれますが、再編された高校へ通うために鉄道を利用する高校生が増えたのです。これにより、朝ラッシュ時の乗車率は130%超という、九州では稀に見る混雑列車も現れます。
とはいえ、くま川鉄道の赤字が解消したわけではありません。沿線自治体は新たに経営安定化補助金を設置するなどして、赤字を補う状況は続いたのです。
くま川鉄道に甚大な被害をもたらした豪雨災害
利用者が増えたくま川鉄道ですが、経営に大きなダメージを与える出来事が2020年に続きます。そのひとつが、新型コロナウィルスの感染拡大です。この影響で、利用者数は約4割減少します。
さらに追い打ちをかけたのが、沿線地域を襲った豪雨災害でした。土砂流入、全車両の浸水、駅ホームや球磨川第四橋梁の流失など被害は甚大。復旧費用は約50億円と見積もられ、赤字経営のくま川鉄道が負担できる額ではありません。沿線自治体も、人口減少による歳入減にコロナ対応も重なり、くま川鉄道への支援は厳しい状況です。
「このまま廃止になるのか」という見方も強まるなかで、このピンチを救ったのは沿線の高校生でした。
災害から2週間後に走り始めた代行バス。利用者の多くは、車を運転できない高校生です。その数は約850人。朝の通学時間帯には大型バス10台と小型バス3台で、ピストン輸送を続けます。
鉄道がなくなると、この異様な状況が続くことになる…バスドライバーの確保も難しいとされるなかで、沿線自治体は2020年8月27日に臨時取締役会を開き、くま川鉄道を全線復旧する方針を決定します。
なお、この段階でJR肥薩線(八代~人吉)の復旧協議は始まっていません。沿線自治体は、地域輸送に大きな影響を与えていることや、自分たちで意思決定できることから、くま川鉄道の復旧を優先したのです。
上下分離方式でくま川鉄道の全線復旧を決定
復旧を決めたとはいえ、沿線自治体の財政力では復旧費用を負担できません。そこで熊本県に相談。県は、国の「特定大規模災害等鉄道施設災害復旧補助」の活用を提言します。この制度を活用すれば、復旧費用の半分を国が負担。さらに、自治体負担分の95%は普通交付税措置により国が肩代わりしてくれるため、自治体負担を大きく抑えられます。なお熊本県は、2016年の熊本地震の際にも南阿蘇鉄道の復旧にこの制度を活用しています。
ただ、国の補助を受けるにはくま川鉄道の経営改善がマストの条件です。そこで熊本県と沿線自治体は、同年12月25日に「くま川鉄道再生協議会」を設立。さらなる利用促進策や上下分離方式の導入など、経営改善策となる復旧方針の検討を始めます。
上下分離方式に関して沿線自治体は、基金が枯渇すると公表した2009年にも検討していました。そのときは利用者の増加もあって検討議題から外れますが、今回の災害では国の補助金を得るうえで、本格的に上下分離方式の検討を始めたのです。
その後、上下分離方式の導入を含む復旧方針をとりまとめた沿線自治体は、国土交通省に申請。2021年5月18日に国の支援が決定します。
■くま川鉄道の上下分離方式のスキーム

出典:人吉・球磨地域公共交通計画
復旧後の支援にも国の交付金を活用
2021年11月28日、くま川鉄道は全線の約7割にあたる肥後西村~湯前で運行を再開します。残る人吉温泉~肥後西村は橋梁の架け替え工事などがあるため、全線復旧には時間を要しました。
その間に沿線自治体は、復旧後のくま川鉄道に対する支援を検討していきます。
まず、鉄道施設などの「下」を管理する新法人として「くま川鉄道管理機構」を2024年6月に設立。この法人が、復旧後のくま川鉄道の鉄道施設を管理することになります。管理に必要な費用は沿線自治体と熊本県が負担しますが、ここでも国の補助制度の活用が検討されます。その制度が「鉄道事業再構築事業」です。この制度を使えば、老朽化した鉄道施設の修繕や更新に、国の社会資本整備総合交付金などを活用できます。
ただ、この制度も「鉄道事業再構築実施計画」を沿線自治体が策定し、国に申請しなければ活用できません。そこで沿線自治体は、計画案の検討を開始。復旧後に以下の項目を実施し、くま川鉄道の経営を立て直すことを確認します。
- JR肥薩線の各種取り組みとの連携(JR肥薩線復興アクションプランなど)
- 老朽化した鉄道施設の改修・更新
- パークアンドライド、サイクルアンドライドの設置
- 二次交通の乗継改善
- 駅・車両内の通信環境設備の整備拡大(Wi-Fi整備など)
- デジタル定期券やキャッシュレス決済への対応
- イベント開催・企画列車の運行
- アニメや漫画とのコラボ商品開発の検討
- サイクルトレインの運行
- 観光ツアーの企画・ルート構築
- 広報誌やSNSなどで情報発信
…など
くま川鉄道の再構築事業は、同じ豪雨災害で被害を受けたJR肥薩線の「復興アクションプラン」とも連携しています。具体的には、肥薩線(八代~人吉)の復旧後に、くま川鉄道との直通運転を検討。信号設備の改修や車両・乗務員の運用などの調整ができれば、新八代駅までの直通運転をおこなう計画です。これにより、人吉・球磨地域と熊本市内・福岡・関西方面とのアクセスが向上し、利用促進にもつながると期待されています。
また、老朽化した鉄道施設の改修や更新、修繕などに、沿線自治体は35億1,400万円を投資。その一部は、国の社会資本整備総合交付金を活用します。
こうして鉄道事業再構築実施計画を策定した沿線自治体は、2025年9月1日に国土交通省へ申請。同年10月24日に認定されます。計画期間は2026年度から10年間。計画最終年度(2035年度)の目標値として、年間輸送人員が54万8,000人、当期純利益は129万円をめざすとしています。輸送人員の目標値は被災前より減少していますが、何もしなければ赤字が増え続け「鉄道存続が困難となる」と沿線自治体は伝えています。
2026年9月20日、人吉温泉~肥後西村が運転再開。これによりくま川鉄道は、全線復旧を果たしました。新たな運営形態で再出発したくま川鉄道。地域の足として、また地域に守られながら、いつまでも走り続けてほしいところです。
くま川鉄道の関連記事
※くま川鉄道と同時に被災した、JR肥薩線の協議会は以下のページで紹介します。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
広報いつき 2018年10月号
https://www.vill.itsuki.lg.jp/kiji003271/3_271_3_dl_q=5166_filelib_d240d37246ab30a6f10b0e6af27f9c3b.pdf
人吉・球磨地域公共交通計画
https://www.city.hitoyoshi.lg.jp/shisei/koho_kocho/public_comment/27591
令和2年7月豪雨により被災したくま川鉄道の復旧に対する支援について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001404806.pdf
くま川鉄道(運裕総合研究所)
https://www.jttri.or.jp/survey/zisseki/archives_event/pdf/railway.pdf
災害状況、経過(くま川鉄道)
https://kumagawa-rail.com/fukko-shien/
JR肥薩線復興アクションプラン概要(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001874807.pdf
くま川鉄道湯前線の鉄道事業再構築実施計画の認定について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001966123.pdf