福島県と宮城県にまたがる阿武隈急行は、福島と槻木を結ぶ全長約55kmの第三セクターです。輸送密度の変遷をみると減少率は比較的に緩やかですが、赤字経営が長く続き早急な経営再建計画が求められていました。
沿線自治体は、地域公共交通活性化再生法にもとづく「阿武隈急行沿線地域公共交通協議会」を設置します。持続可能な鉄道をめざし、さまざまな支援や取り組みを進めていましたが、度重なる災害とコロナの影響で計画は破たん。BRTへの転換も検討され始めています。
阿武隈急行は、存続できるのでしょうか。沿線自治体が協議会を設置する経緯からみていきましょう。
阿武隈急行の線区データ
協議対象の区間 | 阿武隈急行線 福島~槻木(54.9km) |
輸送密度(1988年→2019年) | 1,753→1,456 |
増減率 | -17% |
赤字額(2019年) | 7,375万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
福島市、伊達市、角田市、柴田町、丸森町、福島県、宮城県
阿武隈急行沿線地域公共交通協議会の設置までの経緯
阿武隈急行は、第一次特定地方交通線に指定された国鉄丸森線を継承し、1986年7月に開業しました。丸森線は未成線部分があったため、開業当時は槻木~丸森間のみの運行で非電化でしたが、福島~丸森間が延伸開業するとともに全線電化がおこなわれています。
全線開業にともない、輸送実績・収入実績ともに増加するものの、1995年ごろをピークに減少に転じ、1999年以降は赤字経営が続いていました。
こうした状況から、沿線自治体では経営改善策や組織体制について協議する「阿武隈急行線再生支援協議会」や、利用促進策について協議する「阿武隈急行沿線開発推進協議会」など複数の協議会を設置。また、各自治体でも利用促進協議会を設置して、鉄道事業基盤の強化を目的に支援するほか、丸森町などの一部自治体では運賃助成事業もおこない、沿線住民への利用を促していました。
2014年3月には、沿線自治体とともに阿武隈急行の長期経営計画を策定。産官学金連携で地域活性化フォーラムを立ち上げ、鉄道を維持していくための協議を続けます。
しかし、過疎化・少子化などの影響にともない、2016年度には増加傾向にあった通勤定期利用者の利用者数が頭打ちに。通学定期利用者の減少とあわせて1億円以上の営業損失を計上します。さらに、老朽化した車両の更新、橋梁やトンネルなど施設の補修にも今後数億円の経費が必要となり、阿武隈急行の経営状況は大きく悪化しました。
こうした状況から、沿線自治体は地域公共交通活性化再生法にもとづいて「阿武隈急行沿線地域公共交通協議会」を設置します。
2019年7月には、阿武隈急行の経営支援はもちろん、バスなどを含めた一体的な公共交通ネットワークの構築や、駅を中心としたまちづくりの推進を目的とする「阿武隈急行線地域公共交通網形成計画」を策定。地域・交通事業者・行政などが果たす役割を定めました。
阿武隈急行線地域公共交通網形成計画の内容
阿武隈急行線地域公共交通網形成計画は、自治体の都市計画や阿武隈急行の長期経営計画などとも整合性を図りながら、阿武隈急行の持続可能な経営に資する計画としています。計画期間は、2019年度から2028年度までの10年間。前期と後期に分け、前期5年間の年間輸送人員や営業収益などを評価したうえで、後期の計画を調整することになっています。
重点施策としては、以下の点を掲げています。
- 阿武隈急行線の利用人員および収入の維持・拡大
- 持続可能な鉄道事業基盤の確保
具体的には、ダイヤの見直しや他社線・バスとの乗り継ぎ改善、通院や買い物といった生活利用の拡大を図るためバス路線再編、地域イベントと連携した観光利用の拡大などの施策を重視して施策を実行していくことになっています。
なお、既存の協議会も存続しており、鉄道事業基盤の強化に関しては「阿武隈急行線再生支援協議会」に、利用促進に関しては「阿武隈急行沿線開発推進協議会」で協議・検討を続け、進捗状況は「阿武隈急行線沿線地域公共交通協議会」が管理していくことになりました。
阿武隈急行のこれまでの取り組み
阿武隈急行の利用促進策として、以下のような取り組みを実施しています。
- 新型車両の導入
- ボランティア駅長の配置
- つり革オーナー制度の導入
- 企画きっぷの販売(GO!かくだ切符、飯坂温泉日帰り切符など)
- ガイドマップ作製(あぶ急沿線あるきガイドマップなど)
- 自治体による運賃補助
- サイクルトレイン
- 沿線の宅地開発・大学や企業誘致
…など
老朽化した列車の更新について、2019年に新型車両を導入。その購入費は、沿線自治体が補助しています。
ユニークな取り組みとして、駅長をボランティアで募る「マイレール・ボランティア駅長」は2008年からおこなっており、駅長に任命された方には身分証や制服が貸与されるほか、阿武隈急行全区間の利用料金が免除されるという特典もついています。
このほか、車内のつり革に名前やメッセージを記載できる「つり革オーナー制度」も人気があるようです。
まちづくりと連携した施策として、伊達市では高子駅周辺に約250区画の宅地や商業施設の開発を2017年より進めるほか、福島市では福島駅東口周辺に福島県立医科大学の新学部が開設されるなど、利用者の増加につながるまちづくりも進めています。
災害とコロナで計画破たん!阿武隈急行は存続できるか?
地域公共交通網形成計画が策定されて3カ月後の2019年10月、阿武隈急行は台風19号による甚大な被害を受け、一部区間で運休となります。被害額は約11億円。全線復旧まで、丸1年を要しました。
しかし、復旧した2020年は新型コロナウイルスの影響で利用者数が激減していたころです。沿線自治体はコロナ緊急支援として、2020年度から3年間で10億円以上を補助します。
回復の兆しがようやく見え始めた2022年3月、今度は福島県沖地震が発生。このときも一部区間で3カ月間も運休となり、被害額は約9億6,000万円に上りました。
こうした不可抗力により、重点施策とされた「利用人員や収入の維持・拡大」も、「持続可能な鉄道事業基盤の確保」も、計画はほぼ破たん。累積赤字のみが、右肩上がりに増え続けます。事態を重く見た阿武隈急行線沿線地域公共交通協議会は、2023年3月に「阿武隈急行線在り方検討会」という分科会を設置。沿線自治体のほか福島交通や有識者などを交えて、阿武隈急行の抜本的な経営改善策の検討が始まりました。
検討の流れとして、まず「鉄道の存続」と「BRTへの転換」のいずれかを決め、そのうえで上下分離方式の導入などを話し合うとしています。
福島県は「鉄道存続」・宮城県はバス転換も視野に
検討会の話し合いは、福島県と宮城県で温度差が生じてきたようです。その理由は、「利用者数の差」。福島県側は通勤通学需要をはじめ福島駅と往来する利用者が多いものの、宮城県側は角田駅やJRとの乗換駅である槻木駅を除くと閑散としています。
■阿武隈急行各駅の1日の乗降客数(2019年)
こうした利用状況から、福島県側の沿線自治体では鉄道を維持する方針を固め、増便などの利用促進策も検討しているようです。一方、宮城県側の沿線自治体は各市町で考え方に相違があり、まとまらない様相です。住民説明会を開催しても、税金の投入に対して疑問の声が挙がるなど「マイレール意識の低さ」も感じます。
この状況に宮城県は、2024年5月31日に開催された第6回検討会で、代替交通も含めた検討案を示しました。その案とは、以下の4つです。
- ディーゼル車への置き換え
- BRTへの転換
- バス転換
- BRTとバスの併用
これらの案について、運行主体をはじめルートやダイヤ、沿線地域に与える影響などを検討。現状維持する場合と比較し、総合的に判断するとしています。なお、対象区間は宮城県側の区間(あぶくま~槻木)の28.1kmです。
仮にバス転換となった場合、1日の乗降客数が1,000人を超える駅もあるため輸送力が心配されますし、ドライバー不足も懸念点です。ただ、BRTに転換して連結バスを導入すれば、問題なく輸送できるかもしれません。
また、沿線地域は過疎化が進んでいることにくわえ、宮城県側の路線は開業から50年以上が経過し、鉄道施設の老朽化も進んでいます。鉄道を残す場合は、沿線自治体が施設更新費用を負担できるかもポイントになってくるでしょう。宮城県は、2024年10月までに代替交通に関する検討結果を示すとしています。
なお検討会では、「2025年3月までに結論を出す」としており、鉄道の存続をめざしていた沿線自治体にとって、大きな決断を迫られることになります。
※BRTを自治体が赤字ローカル線の解決策として検討する理由について、以下のページで解説しています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
阿武隈急行線の利用促進への支援について(宮城県)
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/soukou/abukyu-riyousokusin.html
阿武隈急行線地域公共交通網形成計画
https://www.pref.miyagi.jp/documents/24621/752017.pdf
阿武隈急行「維持」か「バス転換」か…宮城側が代替輸送本格検討へ(福島民友新聞 2024年6月1日)
【リンク切れ】https://www.minyu-net.com/news/news/FM20240601-861330.php
まちづくりや賑わいづくりへの阿武隈急行の活用(東北財務局)
【リンク切れ】https://lfb.mof.go.jp/tohoku/content/000207668.pdf