【神戸電鉄】粟生線の廃止は防げるか?沿線自治体が上下分離に否定的な理由

粟生線の志染駅 私鉄

神戸電鉄粟生線は、神戸市郊外の鈴蘭台から小野市の粟生までをつなぐ私鉄路線です。沿線には、神戸や大阪のベッドタウンとしてニュータウンが形成され、多くの人が住んでいます。しかし、粟生線の赤字額は年間10億円超。沿線自治体は協議会の設置前から、神戸電鉄に対して幾度も支援していますが、抜本的な解決には至っていません。

粟生線をめぐる沿線自治体の協議内容を中心に、これまでの取り組みを振り返ってみます。

神戸電鉄粟生線の線区データ

協議対象の区間粟生線 鈴蘭台~粟生(29.2km)
輸送密度(2013年)6,788
増減率– %
赤字額(2013年)10億9,700万円
出典:
神戸電鉄粟生線利活用方策検討委員会における検討結果
第2次連携計画等の見直しについて(提案)

協議会参加団体

小野市、三木市、神戸市、兵庫県

神戸電鉄の路線図と粟生線の沿線自治体

粟生線をめぐる協議会設置までの経緯

※以下に記載する「利用者数」は、きっぷ・定期券などの購入情報をもとにした「輸送人数」を示します。2016年以降に神戸電鉄が公表する「実利用者数」と異なる点は、ご了承ください。

粟生線の利用者数は、1992年の年間約1,420万人をピークに減少を続けます。大都市・神戸の郊外とはいえ少子高齢化が進み、沿線の道路網が整備されるにともない、2008年には年間約729万人と半減します。

また、赤字額は増加の一途をたどり、2004年からは国庫補助を活用した協調支援を兵庫県と沿線自治体が実施します。しかし、利用者数の減少による収入減を埋められず、2008年度には粟生線単体で12.7億円もの赤字を計上していました。

神戸電鉄(全事業)と粟生線の収支推移
▲粟生線の収支推移(オレンジの棒グラフ)。黒の棒グラフは、神戸電鉄の全事業の収支。粟生線単体では年間10億円前後の赤字だが、神戸電鉄の全事業は黒字である。ただし、鉄道事業のみの収支は赤字の年もある。
参考:神戸電鉄粟生線活性化協議会「神戸電鉄粟生線の現状と課題について」をもとに筆者作成

国庫補助の支援は、2009年度で終了します。それを前に、沿線自治体は2009年11月「神戸電鉄粟生線活性化協議会」を設置。粟生線の存続をめざした、地域公共交通総合連携計画の検討を始めます。

2009年12月に開催された第1回の協議会では、粟生線の現状の課題を共有。ワンマン運転や駅無人化といったコスト削減を図るものの、自助努力では存続が難しいという神戸電鉄の考えを確認します。

その後、2010年3月の第4回協議会で、地域公共交通総合連携計画を提示。計画期間は、2010~2012年度の3年間。最終年の2012年度には、「年間730万人の輸送人員の確保」を目標に掲げました。

この目標に向けて協議会では、イベント列車の企画やパークアンドライドの整備、70歳以上の高齢者を対象とした「シニアパス」の販売など、利用促進策を進めます。主な取り組みをみていきましょう。

  • イベント列車の企画・運行
  • パークアンドライドの整備
  • 「シニアパス」の販売
  • 三宮までの割引きっぷ販売
  • 通勤利用客への補助(粟生線通勤カムバック補助金)
  • 広報誌での連載・特集記事掲載
  • スタンプラリー開催
  • 粟生線活性化案コンテスト(沿線の学生が対象)

…など

これらの取り組みは功を奏し、利用者の減少数は一時的に抑えられました。ただ、その効果は半年も続かなかったのです。

上下分離方式を求める神戸電鉄に自治体は塩対応

2010年11月、「神戸電鉄は2011年度中に粟生線の存廃を判断する方針」というニュースを、神戸新聞が報じます。これについて神戸電鉄は、2011年3月の第8回協議会で「固定資産税などの諸税だけで年間2億円を超えており、こうした固定費を抑えるためにも上下分離方式の導入も検討してほしい」という考えを示し、粟生線の存廃について言及したわけではないことを伝えています。

今後も粟生線で大幅な赤字を続けていくのは民間企業として困難となっていることから、例えば他地域で採用されている上下分離等の手法も含めて、資産保有コストの負担軽減が図れるような方策について、関係自治体にその採否の検討をお願いする要望書を出したいと考えており、本年12月までには来年度以降の見通しをつけたい

出典:第8回 神戸電鉄粟生線活性化協議会 議事録

その後、神戸電鉄は2011年4~5月にかけて、資産保有コストの負担を軽減するための要望書を、沿線自治体に提出します。ただ、協議会では利用促進に関して話し合う場であることから、この件は兵庫県なども含めた「神戸電鉄粟生線存続戦略会議」という別の会議で検討されることになりました。

戦略会議の結果は、2012年2月に沿線自治体や兵庫県と、神戸電鉄が結んだ協定で明らかにされました。このなかで、神戸電鉄に対する2012年度以降の支援内容も公表されます。

  1. 神戸電鉄の自助努力で、年間3億円の収支改善を図ること。
  2. さらなる利用促進を実施し、利用者の減少に歯止めをかけること(ただし、利用が低迷した場合は、三木市・小野市が固定資産税の減少相当額を上限に支援すること)。
  3. 兵庫県と神戸市は、40億円の無利子貸付を実施し、年間7,000万円の支払利息軽減を図る。このうち県貸付の16億円分相当の金利を三木市・小野市が負担すること。
  4. 安全輸送設備等整備事業への補助を拡充し、年間約3億円の投資に対して自治体支援を行うこと。

基本的には、神戸電鉄の「自助努力」で赤字を減らすことが示されています。ただ、利用者が減った場合は、沿線自治体が固定資産税分の補助や、無利子の貸し付けなどをやりくりしながら経営改善をめざすことになりました。

なお、支援期間は2012年度から5年間。これで、粟生線は2016年度中までの存続が確定します。

利用者の減少に歯止めがかからない粟生線

粟生線の存続が決まったとはいえ、利用者数の減少には歯止めがかかりません。年間730万人の輸送人員をめざして利用促進に取り組んできた協議会ですが、利用者数は2010年が681万人、2011年は682万人、2012年は667万人と、目標達成ならず。施策内容にも、ほころびが見え始めます。

たとえば、高齢者を対象としたシニアパスや三宮までの割引きっぷは、採算ラインにあわず発売中止に。また、鉄道以外の通勤者に対して、粟生線を利用すると定期代の半額をキャッシュバックする「粟生線通勤カムバック補助金」では、300名の募集に対して16名しか申し込みがありませんでした(その後、申込者が0人となり2017年に終了)。パークアンドライドも利用者は増えず、利用促進策に行き詰まった感があります。

これらの取り組みを計画した地域公共交通総合連携計画は、2012年度で終わります。協議会では、2013年以降も引き続き実施していくために、新たな地域公共交通総合連携計画を策定。実行に移していきます。

しかし、新計画初年度の2013年の利用者は662万人と、またも減少してしまいます。こうした状況に神戸電鉄は2014年3月、「自助努力だけで粟生線の存続は不可能」と改めて訴え、計画の見直しを求めます。さらに、上下分離を含めた事業構造の変更や、地域全体の公共交通ネットワークの再構築、関係団体の協議会への参加など、協議会のあり方にまで踏み込んだ提言をしたのです。

上下分離をめぐり三木市が会長職を辞任

協議会では、神戸電鉄の提言をおおむね了承します。ただ、上下分離を含めた事業構造の変更に関しては、第23回(2015年3月)の協議会で「この場で話し合うことではない」と、改めて別の会議で協議することを伝えました。

これ以降、神戸電鉄と沿線自治体とのあいだに深い溝が生じます。また、沿線自治体のあいだでも、温度差が表面化してきたのです。

きっかけは、当時協議会の会長を務めていた三木市が、第23回の協議会後に会長職を辞任したことに始まります。三木市は、これまで上下分離の導入に否定的な意見を示していました。そのため、神戸電鉄の提案書に難を示し、協議会では配布しないよう神戸電鉄に伝えていたようです。

しかし、実際には協議会で配布されてしまいます。これに対し、三木市は「会長の指示が守られない」と反発。会長職を2期4年務めたことも理由に挙げ、突然辞任してしまったのです。

ただ、神戸電鉄は「上下分離は、あくまで一つの方法」という見解を示しており、協議会とは別の会議を設けることにも賛同しています。

(前略)上下分離を審議していただきたいというのではなく、近年、国は法改正等も行って、「まちづくりと一体となった公共交通の再編」を強く促すとともに、地方公共団体が中心となってその環境整備を図るように訴えており、粟生線沿線においても、沿線3市および県が、地域にとって最適と考える今後の公共交通のあるべき姿を検討・策定すべきではないかと意見具申したものであったことをご確認願いたい。(神戸電鉄)

出典:第24回 神戸電鉄粟生線活性化協議会 議事録

一方で、小野市は上下分離に肯定的な立場です。協議会では、神戸電鉄の経営面まで踏み込んだ話はできないとしながらも、「兵庫県が主導で、神戸電鉄の経営面から検討できる場を設けてほしい」と伝えます。

なお、三木市が上下分離に否定的な理由として、2008年の三木鉄道の廃止が挙げられるでしょう。巨額の赤字を計上していた三木鉄道に対して、三木市は長年赤字補てんを続けてきました。しかし、収支改善がされないまま鉄道は廃止に。くわえて、三木市の財政も悪化したことから「鉄道にこれ以上の支援はできない」という考えがあったと推測されます。

とはいえ、三木市は粟生線存続の核となるポジションですから、利用促進に関する支援は引き続き実行する旨を示しています。また、新たな会長職には当時の三木市長が就任。協議会を刷新し、改めて粟生線の存続をめざす方針を示しました。

法定協議会移行で粟生線の存続をめざす

2016年1月の第26回協議会では、地域公共交通活性化再生法の改正にともない、これまでの任意協議会から法定協議会に移行する案が示されます。2012年度から続く県や沿線自治体の支援が2016年度中に終了するためで、2017年度以降は国の支援が得られる法定協議会に移すことになったのです。

そのうえで、協議会では「神戸電鉄粟生線地域公共交通網形成計画」の策定をめざす場であることを確認します。また、沿線自治体をはじめ首長クラスで協議する場を別途設け、上下分離方式の導入などの議論をおこなう旨も示されました。

一方、粟生線の利用者数は2014年が656万人、2015年が646万人と減少を続けています。新たな計画では、利用者数の目標値として「650万人の確保」をめざすことも伝えられました。

こうして、2016年度からは法定協議会に移行。神戸電鉄粟生線地域公共交通網形成計画は2017年3月に示され、その後、国に認定されます。計画期間は、2017~2021年度の5年間。これによって、粟生線は再び存続が決まります。

なお、県や沿線自治体の支援として、老朽化した車両や設備の更新など安全輸送に対する補助は、2017年度以降も継続することが第29回協議会(2016年12月)で確認されています。

神戸電鉄粟生線のこれまでの取り組み

法定協議会に移行後、沿線自治体が取り組んできた粟生線の利用促進策についてまとめました。

  • 鉄道とバスの連携強化(ダイヤ調整、鉄道とバスの広域時刻表の作成など)
  • 交通結節点の強化(パークアンドライド、バリアフリー化など)
  • 観光資源、観光拠点を結ぶバスルートの整備
  • 行政支援による増便
  • 住民や企業に対する公共交通利用の協力要請
  • 園児・小中学生に対するモビリティ・マネジメントの実施
  • イベントの実施(育児世代への交流イベント、ハイキングイベントなど)
  • 企画乗車券の発売

…など

2017年以降は、地域全体の公共交通を見直すという観点から、バスとの乗り継ぎ改善や交流人口の拡大といった点も協議会で対応。とりわけ、小野市のコミュニティバスで樫山駅と周辺の工業団地などを結ぶ路線を新規開設したところ、駅の乗降客数が大幅に増える効果がみられました。

また、2020年には三木市の提案で、日中時間帯に粟生線を増発する社会実験も実施。減便が続いていた粟生線の利便性を高めることで利用促進につなげたいところでしたが、コロナの影響もあり効果は限定的だったようです。なお、この社会実験は2023年度中も続ける方針です。

神戸電鉄粟生線地域公共交通網形成計画は、2021年度が最終年度でしたが、コロナの影響で新たな計画策定ができないとして1年延長されます。そして、2022年度に「神戸電鉄粟生線地域公共交通計画」へ刷新。計画期間は5年間で、2027年度までは粟生線の存続が決まっています。

粟生線に上下分離は導入されるのか?

粟生線の利用者数は、2016年以降も1~2%ずつ減少を続けています。2020年はコロナの影響で大幅に減少し、その後は回復傾向にあるものの、沿線の少子化・過疎化が進むなかでコロナ禍前に戻るのは難しいでしょう。

こうした状況で、神戸電鉄が再び「上下分離方式の検討」を沿線自治体に申し出ることも考えられます。ただ、「上下分離を採用しても、粟生線の赤字が解消されないこと」「鉄道事業全体で黒字を達成していること(コロナ禍前)」などの理由で、自治体はまた見送るかもしれません。

とはいえ、沿線自治体も黙認しているわけではないようです。2022年度に策定した神戸電鉄粟生線地域公共交通計画には、三木上の丸駅以北の輸送密度は4,000人/日未満、小野駅以北だと2,000人/日を下回っていると記しており、赤字だけでなく量的にも鉄道の存続が難しくなっていることを、沿線自治体も把握しているはずです。

場合によっては、三木市と小野市の線区は利用者が少ないことを理由に、上下分離またはバス転換するという案を、神戸電鉄が提示してくる可能性も否定できません。計画は2027年まで続くものの、利用者の減少を食い止めない限り、粟生線の将来は安泰といえないのです。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【近畿】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
近畿地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

粟生線活性化協議会
http://www.aosen-kasseika.jp/

みんてつVol.56 冬号(日本民営鉄道協会)
https://www.mintetsu.or.jp/association/mintetsu/pdf/56_p12_21.pdf

神戸電鉄粟生線地域公共交通総合連携計画の策定について(粟生線活性化協議会)
http://www.aosen-kasseika.jp/material/img/21-1/08.pdf

平成22年度(~9月)の神戸電鉄粟生線の輸送人員実績(粟生線活性化協議会)
http://www.aosen-kasseika.jp/material/img/6/08.pdf

第2次連携計画等の見直しについて(粟生線活性化協議会)
http://www.aosen-kasseika.jp/material/img/20/09.pdf

神戸電鉄粟生線の昼間時間帯の増便について(三木市)
https://www.city.miki.lg.jp/soshiki/39/20289.html

タイトルとURLをコピーしました