肥薩おれんじ鉄道は、熊本県の八代から鹿児島県の川内を結ぶ第三セクター鉄道です。2004年3月、九州新幹線の部分開業にともない、JR九州から経営分離された線区を継承して運行を続けています。
当初は、徹底したコストダウンにより開業から9年目に黒字転換する計画でした。しかし、沿線の過疎化や道路整備の進展などの影響もあり利用者の減少が続き、開業から約20年赤字経営が続いています。沿線自治体は、計画の見直しを繰り返しながら、肥薩おれんじ鉄道を支援しています。
肥薩おれんじ鉄道の線区データ
協議対象の区間 | 肥薩おれんじ鉄道線 八代~川内(116.9km) |
輸送密度(2004年→2019年) | 913→665 |
増減率 | -27% |
赤字額(2019年) | 6億8,921万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
八代市、水俣市、芦北町、津奈木町、薩摩川内市、出水市、阿久根市、熊本県、鹿児島県
肥薩おれんじ鉄道をめぐる協議会設置までの経緯
肥薩おれんじ鉄道では開業当初「現状維持」を目標に、徹底したコスト削減をおこなっていました。たとえば、社員の約9割をJR九州からの出向者とすることで人件費を大幅に削減するなど、先行開業した並行在来線(しなの鉄道・IGRいわて銀河鉄道)と比べて、1kmあたりの経費を半分以下にまで圧縮したのです。
それでも赤字が見込まれることから、鹿児島県は5億円の経営安定基金を設置。熊本県も年間数千万円の補助金を一般会計から支出するように決めました。
しかし、開業2年目の2005年度決算では減価償却前に赤字となり、早くも経営安定基金の切り崩しや補助金の支出が始まります。これは、予想をはるかに上回るペース「利用者離れ」が一因とされました。
沿線自治体は、住民に対して鉄道利用の呼びかけをおこないますが、車社会の地域において呼びかけだけで利用者は増えません。
開業3年目の2006年6月、肥薩おれんじ鉄道は今後5年間の見通しと経営改善策を策定。これをもとに、同年8月には熊本県と鹿児島県を交えた「肥薩おれんじ鉄道経営委員会」を設置します。その後、委員会は2007~2011年度までの「中期経営改善計画」を作成し、鉄道の利用促進や営業体制の強化を進めていくことになります。
法定協議会の設置と経営方針の転換
多額の補助金に頭を抱える熊本・鹿児島の両県は、2008年9月に「肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通活性化協議会」を設置します。これは、地域公共交通活性化再生法にもとづく法定協議会です。この協議会で公共交通総合連携計画を策定し、国の補助金制度を活用することにしたのです。
公共交通総合連携計画は、2009年6月にまとまります。その翌月、肥薩おれんじ鉄道の二代目の社長に古木圭介氏が就任。これまでの経営方針を一転する改革が始まります。
まず着手したのは、交流人口の拡大です。最小限の人員でスタートした肥薩おれんじ鉄道には、観光列車などの企画や誘客ができる人材がいません。そこで、2009年10月に営業部を創設。新規雇用で人材を増やし、旅客サービスや物販の拡充、国内外のツアー会社への売り込みなど、地道な営業活動で利用者の増加を図ることにします。
とりわけ、ツアー会社への売り込みはインバウンドの誘客につながり、2011年には台湾からの定期ツアーを毎週誘致するまでに成長します。さらに、メディアでの広告戦略から中古鉄道用品の販売まで、さまざまな施策で売上の確保に努めたことにより、営業収益は2009年に初めて10億円を突破。2011年以降も10億円を超え続けています。
ただし、営業費用も増加しており赤字解消には至っていません。2012年には「今後10年間で33億円の資金不足が見込まれる」として、肥薩おれんじ鉄道は沿線自治体に支援を呼びかけます。その結果、2014年6月に熊本・鹿児島の両県は約27億円の追加支援を決定。今後10年間の存続につながったものの、苦しい台所事情は続いています。
肥薩おれんじ鉄道のこれまでの取り組み
公的支援のほかにも、沿線自治体はさまざまな利用促進策で肥薩おれんじ鉄道を支えています。これまでの取り組みの一例を紹介しましょう。
- 観光列車「おれんじ食堂」の運行
- イベント列車の運行(ビール列車、ラッピング列車など)
- 熊本駅や鹿児島中央駅への直通列車運行
- 企画きっぷの販売(1日フリー乗車券、JR・おれんじトコトコ2枚きっぷなど)
- 企画ツアーの開発
- 沿線小中学校の利用に対する運賃助成
- レンタサイクルの設置
…など
肥薩おれんじ鉄道の名物といえば、観光列車「おれんじ食堂」が有名です。レストラン列車のパイオニアとして2013年3月に運行開始。地元の食材を使った料理と、八代海や東シナ海の絶景を楽しめる列車です。おれんじ食堂は、運行開始2カ月で1,200万円の増収に。さらに、初年度の利用客数は14,000人になり、肥薩おれんじ鉄道全体の売上・利用者数の増加に寄与しています。
また、「銀河鉄道999」をモチーフにしたラッピング列車も、関連グッズの販売も含めて売上増加に貢献しています。マスメディアを使った広告戦略も功を奏し、年間約1億円の地域経済波及効果を創出しているそうです。
こうした取り組みにより、営業収益は右肩上がりに上昇。2017年には18億円を突破します。一方で、営業費用も徐々に増加。毎年5億円超えの赤字が常態化しています。
また、利用者数の減少も歯止めがかかりません。2004年の開業時には約188万人だった輸送人員は、コロナ禍前の2019年には約108万人に、さらにコロナ禍の2020年には80万人にまで減少。2021年には持ち直したものの、開業から約20年で半減しています。いくら交流人口が増加しても、利用者数の大半は沿線住民が占めますから、普段使いの利用促進策は欠かせません。とはいえ、沿線地域は少子化・過疎化が進み、これ以上の増加が期待できないのも事実です。
2027年度末で支援打ち切り?肥薩おれんじ鉄道が生き残る道は?
2023年12月、鹿児島県は肥薩おれんじ鉄道への追加支援として、最大7億1,900万円の負担を決定します。支援期間は、2023年度から5年間です。ただし、支援は「今回で最後」という条件が付けられました。
鹿児島県はこれまで、肥薩おれんじ鉄道の存続により貨物列車が走れることから「県全体で恩恵を受けている」として、全市町村による支援を続けてきました。しかし、沿線以外の自治体が受ける恩恵は限られますし、他の鉄道路線やバス路線も利用者の減少などにより存続が難しくなっています。このため、「なぜ、肥薩おれんじ鉄道だけが手厚い支援を受けられるのか」といった、沿線以外の自治体から不満が出てきたのです。
このような背景から、鹿児島県は全市町村による支援は「2027年度末まで」と決定します。
とはいえ、熊本県も含めた沿線自治体は2028年度以降も支援をしていくでしょうし、鹿児島県も別途支援制度を設けるなどして肥薩おれんじ鉄道の経営を支えていくでしょう。こうしたなか鹿児島県の塩田知事は、2024年2月20日の県議会定例会で、国の社会資本整備総合交付金を活用した支援について提言。熊本県の沿線自治体を含め新たな協議体を設置し、具体的に検討していく考えを示します。
この考えに、熊本県の沿線自治体も了承。「肥薩おれんじ鉄道未来戦略検討委員会」という組織が設置され、2024年6月27日に第1回の会合が開かれました。
この会で肥薩おれんじ鉄道は、「過大な鉄道設備の管理負担が重くなっている」と説明。これは、特急列車が走っていたJR九州の施設をそのまま継承したため、未使用の設備や土地などの管理費が高くなっているという、並行在来線に共通する課題です。そこで沿線自治体は、未使用の駅施設や土地の活用法について検討することを確認。具体的な活用法や収益性などの調査を、外部コンサルタント会社に依頼することが決まりました。
検討委員会は今後も続けられ、その後、新たな法定協議会を設置して2028年以降の支援を決めると推測されます。開業20年目を迎えた肥薩おれんじ鉄道。存続に向けた取り組みは、これからが正念場です。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
肥薩おれんじ鉄道(運輸総合研究所)
https://www.jttri.or.jp/survey/zisseki/archives_event/pdf/railway.pdf
肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通総合連携計画(津奈木町)
https://www.town.tsunagi.lg.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=26&sub_id=1&flid=19
肥薩おれんじ鉄道沿線地域公共交通活性化協議会(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000047547.pdf
肥薩おれんじ鉄道株式会社の経営状況を説明する書類(熊本県)
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/193535.pdf