明知鉄道は、岐阜県の恵那と明智をつなぐ第三セクターのローカル線です。利用者全体の約7割を通学定期客が占める路線ですが、近年はグルメ食堂車「大正ロマン号」などの観光列車にも注力。SLの復元・運行も検討されています。
沿線には観光スポットも多い明知鉄道。その資源を生かそうと、自治体などが組織する協議会では鉄道を活用したさまざまな取り組みを進めています。
明知鉄道の線区データ
協議対象の区間 | 明知線 恵那~明智(25.1km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 1,178→517 |
増減率 | -56% |
赤字額(2019年) | 8,568万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
恵那市、中津川市、岐阜県、明知鉄道ほか公共交通事業者、岐阜県恵那土木事務所、自治会など
開業直後がピークだった明知鉄道
明知鉄道は、第一次特定地方交通線に指定された国鉄明知線を継承し、1985年11月に開業しました。
ただ、経営的には大きな赤字を生むのが明白です。そこで沿線自治体は、開業前の1985年7月に「明知鉄道連絡協議会」を設立。鉄道施設に課せられる固定資産税を50%免除するほか、燃料費の負担や記念乗車券の購入、駅周辺の清掃や草刈りといった支援で、明知鉄道の経営を支えることを決めます。また、沿線の企業や団体などから基金を募り、約1億円の寄付金も集めています。
準備万端で開業を迎えた明知鉄道。翌1986年度には、国鉄時代よりも多い約90万人に利用されます。しかし、この年が明知鉄道のピークでした。
■明知鉄道の利用者数の推移
利用者減少の理由は、沿線地域の少子化や過疎化、モータリゼーションの進展といった、ローカル線によくあるものです。なかでも少子化は、明知鉄道に大きな打撃を与えます。
明知鉄道は、高校生などの通学定期客が利用者全体の約7割を占めます。その高校生が少子化の影響で年々減少。明知鉄道の利用者数も、右肩下がりに減り続けたのです。開業から約20年を経た2006年の利用者数は、半分以下の約40万人にまで減少。当然、経営状況も悪化し、国の転換交付金や沿線企業・団体から募った寄付金は底をつきかけます。
明知鉄道を核とした地域公共交通計画の策定
2008年3月、沿線自治体は「明知鉄道沿線地域公共交通活性化協議会」を設置します。これは、2007年に施行された地域公共交通活性化再生法にもとづく法定協議会です。この協議会で沿線自治体は、住民のマイレール意識の向上に努めるとともに、バス路線の再編を含めた地域公共交通の再構築に着手します。
協議会は2009年3月に、「明知鉄道沿線地域公共交通総合連携計画」を策定します。このなかで、明知鉄道と接続する路線バスの再編も提言。明知鉄道を核に通学や通院、買物といった「普段使いの客を増やす」ための取り組みとして、路線バスの実証実験をおこなうことになりました。
具体的には、岩村駅や明智駅などでバスとの乗り継ぎを改善。各駅から自治体運行のデマンドバスも新設しました。その結果、駅におけるバスの乗降客数は、岩村駅で2.2倍、明智駅で1.6倍に増加。明知鉄道の乗降客数は微増にとどまりますが、それでも減少に歯止めをかけられ、全体の利用者数は増加に転じます。
この結果から沿線自治体は、バスの利用者を増やして鉄道の利用者も増やす、公共交通の連携を強化。公共交通マップの作成や、マイレール意識の向上を目的としたシンポジウム開催などで、さらなる利用者増加をめざすことになります。
明知鉄道のこれまでの取り組み
2010年ごろになると、観光客向けの施策にも注力を始めます。ここで明知鉄道や沿線自治体が協働で取り組んできた利用促進策を、まとめました。
- グルメ列車の運行(大正ロマン号グルメ食堂車)
- 定額乗り放題制度の導入(グリーン会員証・ジュニア会員証)
- バス乗り継ぎの改善(バス路線の新設・見直し)
- 鉄道施設の更新
- パークアンドライドの設置
- サイクルトレインの運行
- 列車への命名権導入(ネーミングライツ)
- 吊り革広告の導入(個人も可能)
- 貨客混載事業(日本郵便と提携)
- SLの復元を通じた地域づくり
…など
明知鉄道といえば、グルメ列車(食堂車)が有名です。1987年に始まったヘルシートレイン(寒天列車)を皮切りに、きのこ列車、山菜列車、ビール列車など、さまざまなグルメ列車を運行しています。2011年には、沿線の日本大正村と連携した急行列車「大正ロマン号」が運行開始。メディアでの紹介が増えたことで、利用者の増加につながっています。
ただ、メインの利用者は普段使いをする沿線住民ですから、日常利用を増やす取り組みも必要です。
定期外客を増やす一環で始めたのが、定額乗り放題制度の導入です。高齢者向けには「グリーン会員証」、小中学生向けには「ジュニア会員証」を発売しています。いずれも年会費を払うと、明知鉄道の運賃が100円になる会員制度です。ただ、グリーン会員証に関しては、車社会の沿線地域ですから効果は限定的のようです。協議会では、公共交通を使う高齢者の移動を支援するために、ボランティア車掌の配置やスマホアプリを使った「交通コンシェルジュ」といったサービスを始めるなど、環境整備により利用者の増加をめざしています。
このほか、ネーミングライツや日本郵便と提携した貨客混載事業など、収益を確保する取り組みも進めています。
明知鉄道全線でSL運行は実現するか?
定期外客を増やす取り組みを続けるものの、通学定期客の減少数のほうが圧倒的に大きく、全体の利用者数は減少が続いています。収支も赤字が慢性化。とりわけ2020年度以降は新型コロナウィルスの影響で大幅に増え、2021年度の赤字額は1億9,307万円に膨らみます。沿線自治体からの補助金などでなんとか運営している明知鉄道ですが、収支改善には定期外客のさらなる集客も必要不可欠です。
こうしたなか、新たな誘客施策として「SLの復元・運行計画」が進んでいます。これは、明智小学校に展示されていたC12を動態復元し、明知鉄道で運行するというもの。すでに走行できる状態にまで復元しており、2015年からは明智駅構内で乗車体験会を開催しています。
ただ、全線での運行には至っていません。SLを本格運行するには、専門人材の確保や転車台設置など莫大な初期費用がかかるほか、維持管理や車両検査といったランニングコストも必要です。恵那市が2023年に設置した「SL復元検討委員会」によると、本格運行に必要な初期投資額は10億7,500万円、ランニングコストは1億4,600万円という試算結果をまとめています。
とはいえ、明知鉄道でSLを運行すれば大正ロマン号に次ぐ大きな観光の目玉となり、地域への経済効果も期待できるでしょう。これについてもSL復元検討委員会が試算結果を公表しており、経済波及効果は年間で最大11億5,600万円になるとしています。
ただし、この結果は「SLの乗客1人あたり2万円を地域に落とす」という前提で試算したものです。SLに乗るだけの日帰り客ばかりだと、地域全体でみても大幅な赤字になります。SLを復活するには、観光客に高付加価値な商品やサービスを地域全体で提供していく工夫も必要です。
なお、SL復元検討委員会は2024年度末までに、SL復元の可否について判断する予定です。明知鉄道の経営改善の起爆剤になるのか、注目したいところです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
明知鉄道沿線地域公共交通活性化協議会における地域公共交通・再生総合事業(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000210171.pdf
地域鉄道の再生・活性化モデル事業の検討調査
https://www.mlit.go.jp/common/001064373.pdf
明知鉄道沿線地域公共交通活性化協議会(恵那市)
https://www.city.ena.lg.jp/soshikiichiran/machizukurikikakubu/koutsuu/4/2152.html
明知鉄道沿線地域公共交通計画(恵那市・中津川市)
https://www.city.ena.lg.jp/material/files/group/43/akechitetsudouennsennkeikaku_202406.pdf
蒸気機関車の復元を通じた地域づくり可能性調査 報告書概要版(恵那市 SL復元検討委員会)
https://www.city.ena.lg.jp/material/files/group/43/sl3_houkoku2-1.pdf
特定地方交通線における経営形態の転換と現状(交通観光研究室)
【リンク切れ】http://www.osaka-sandai.ac.jp/file/rs/research/archive/12/12-15.pdf