札幌市電は、市の中心街を走る環状線の路面電車です。かつては、西4丁目から西線、山鼻などの地域を経由してすすきのへ至る「C字形」の路線でしたが、2015年に西4丁目~すすきの間が結ばれ(厳密には路線が復活して)ループ化されました。
この路面電車は、市の委託する公社が運行し、施設や車両などの保有・整備を市が担う「上下分離方式」で運用されています。札幌市電は、なぜ上下分離方式に移行したのでしょうか。その理由を、2000年代に起きた「市電廃止議論」から振り返ります。
札幌市電の線区データ
協議対象の区間 | 一条・山鼻軌道線(8.9km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 7,897→6,723 |
増減率 | -15% |
赤字額(2019年) | 6,700万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
札幌市
利用者減少が続いていた札幌市電
札幌市電はかつて、約25kmもの路線を有していました。しかし、高度経済成長期に都市が大きく成長するなかで、一部の路線では輸送力不足が課題に。代替交通として地下鉄が建設されます。その一方で、急速に進むモータリゼーションの影響を受けて、利用者数は減少の一途をたどり続けていました。
こうした理由から、現存する山鼻線(西4丁目~すすきの)を除き1970年代までに路面電車は廃止されていったのです。ただ、生き残った山鼻線も沿線のモータリゼーションの進展や人口減少などの影響で、利用者は減り続けました。
■札幌市電の1日平均の乗車人員
なお、路面電車の経営は辛うじて黒字だったようです。しかし、当時の札幌市は赤字路線を多数抱える市営バスも運行しており、交通局全体では赤字が慢性化していました。
札幌市は、1991年より経営改善計画を立てて利用促進や経費削減などに努めますが、経営は一向に改善しません。そこで、2000年から路線バスを段階的に民間事業者へ移管。2004年までにすべて移管され、バス事業から撤退します。これで経営改善を図る予定でしたが、その最中の2002年に路面電車も赤字に転落してしまったのです。
札幌市電の廃止も視野に入れた審議会
赤字転落する前年の2001年4月、「札幌市営企業調査審議会」のなかで、札幌市電の将来に関する議論が始まります。審議会では、路面電車は「人に優しく利用しやすい交通手段としての役割が期待される」として、路線のループ化や低床車両の導入、地下鉄乗り継ぎ施設の整備などの必要性を提言します。
一方で同年11月の審議会では、利用者の減少がこのまま続くと2004年度には資金不足に陥るという試算結果を公表。老朽化した車両の更新などを考慮すると、「民間事業者への委託」や「路線の廃止」も視野に入れた検討が必要だと指摘しています。
審議会では、将来的な札幌市電活用の基本方針を策定するために、市民や有識者などから広く意見を集め路面電車の「あり方」について検討していくことを確認します。2003年には、市民1万人を対象としたアンケート調査を実施。存続か廃止かを問う質問もあり、その結果も踏まえて総合的に判断されることになったのです。
札幌市電の存続が決定
市民や有識者などの意見をもとに、検討を続けること約3年。札幌市は2005年2月に、路面電車の存続を決定します。存続を決めた理由として、市民の存続意向が強かったことや、民間の力を活用することで経営改善が期待されることなどを挙げています。
なお、2003年に実施したアンケート調査では、路面電車の廃止に賛同する人は33.9%に対し、存続を望む人は55.4%という結果が示されていました。
こうして札幌市は2006年9月に、路面電車を活用したまちづくりについて議論する「さっぽろを元気にする路面電車検討会議」を設置します。
この検討会議の結論などを受けて2010年3月、札幌市は「路面電車活用方針」を策定。このなかで、利便性を高めるために札幌市電の延伸計画を提案する一方で、安心・安全な運行を継続するには少なくとも約58億円の施設更新費が必要なことを説明しています。58億円もの投資をするには、何よりも赤字経営からの脱却が必要です。そこで活用方針では、運行形態の見直しを含めた抜本的な経営改革をしていくことも伝えています。
その後も関係機関と協議を進め、2012年には「札幌市路面電車活用計画」を策定。延伸を見据えて既存路線のループ化をめざすことや、経営の効率化を進めるために上下分離方式の導入を検討していくことが記載されました。
札幌市電のループ化&上下分離方式への移行
2013年4月、札幌市が策定した軌道運送高度化実施計画が国に認定されます。これにより、路線のループ化や低床車両の導入などの事業費に、国の補助が受けられるようになります。ちなみに事業費は、29億5,000万円。その一部は、国の社会資本整備総合交付金などが充てられました。
そして2015年12月、西4丁目~すすきの間の400mが軌道で結ばれループ化開業。2013年より運行が始まった低床車両も、この段階では3台に増え車両更新も進みました。
新型車両の導入やループ化により、札幌市電の利用者は増加に転じます。2万人を割り込もうとしていた1日の平均利用者数は、2016年度には2万4,871人にまで回復。翌2017年度には、単年度収支が約1,600万円の黒字になりました(その後、コロナの影響などにより2019年度から再び赤字に転落します)。
また、安定経営をめざして検討していた上下分離方式への移行も、2019年2月に札幌市議会で可決。翌年度からの移行が決まります。運行を担う事業者は、札幌市交通事業振興公社に決定。この公社は1988年に設立され、交通局の定期券発売や地下鉄駅の管理運営などを担う事業者です。交通局との豊富な連携実績が評価され、運行事業者に選ばれました。
こうして札幌市電は、2020年4月より「運行は札幌市交通事業振興公社」「施設や車両の保有・整備は札幌市」の上下分離方式に移行したのです。
なお、当初の収支計画では、移行6年後の2026年度には単年度で黒字化、開業後20年目には累計損益もプラスになる計画でした。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大や電気代の高騰などの影響で、計画は大きく変更。単年度の黒字化は、2028年度をめざすとしています。
■ループ化後の札幌市電の収支(単位:百万円)
札幌市電の延伸計画はどうなる?
さらなる飛躍をめざし、札幌市では路面電車の延伸計画も進められました。2010年に策定された「路面電車活用方針」では、「札幌駅」「苗穂駅などの創生側以東の地域」「桑園駅などの地域」の3つの地域で検討していることが提示されています。
しかし、札幌市が2022年に試算した結果によるといずれの延伸計画も採算が取れず、現段階では実現不可能という結論になりそうです。路面電車以外の新たな交通システムとして、札幌市は水素燃料を使う車両の導入を検討。すすきのと札幌駅・苗穂駅を結ぶ2ルートでの運行を計画しています。今後テスト走行や試験運行をおこない、2030年度に本格的な運行を始める予定です。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
札幌の都市交通データブック(札幌市)
https://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/date/2022/documents/deta2022-2.pdf
市電のふるさと 第12号(市電の会事務局)
https://www.city.sapporo.jp/chuo/shiden/documents/shidenf12.pdf
札幌市路面電車の概要(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001311223.pdf
「さっぽろを元気にする路面電車検討会議」の設置について(札幌市)
https://www.city.sapporo.jp/city/mayor/interview/documents/streetcar_1.pdf
SAPPOROCITYTRAM2010(札幌市)
https://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/romen/documents/pamph5-3_1.pdf
https://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/romen/documents/pamph5-4_1.pdf
札幌市地域公共交通総合連携計画
https://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/romen/documents/renkei-keikaku.pdf
路面電車事業における上下分離の導入について(札幌市交通局)
https://www.city.sapporo.jp/st/shiden/jyougebunri.html