しなの鉄道は、しなの鉄道線と北しなの線の2路線を運営する第三セクターの鉄道事業者です。いずれも、整備新幹線の開業にともないJR東日本から経営分離された並行在来線で、しなの鉄道線は1997年に、北しなの線は2015年に開業しました。
開業当初は予想を上回る赤字に苦しみますが、数々の経営改革や沿線自治体の支援により2005年から黒字経営を続けています。赤字経営から脱却して今日に至るまでの経緯を、沿線自治体の取り組みを中心に紹介しましょう。
しなの鉄道の線区データ
協議対象の区間 | しなの鉄道線 軽井沢~篠ノ井(65.1km) 北しなの線 長野~妙高高原(37.3km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 9,494→5,328 |
増減率 | -44% |
黒字額(2019年) | 9,207万円 |
※黒字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
長野市、上田市、小諸市、佐久市、千曲市、東御市、軽井沢町、御代田町、坂城町、飯綱町、信濃町、商工団体など
しなの鉄道が黒字転換するまでの経緯
しなの鉄道は、並行在来線を継承する全国初の第三セクター鉄道として、1997年10月に開業しました。ただ、特急列車が消えて普通列車しか走らないローカル線ですから、開業前から赤字経営が予測されていたのです。
実際に、1998~2000年度の経常損益は10億円以上の赤字。2001年には運賃を改定しますが、それでも9億円以上の赤字で黒字化の見通しが立ちません。累積赤字は雪だるま式に積もり、2001年度には24億円にまで増加。開業5年目で債務超過に陥ってしまいます。
赤字から脱却するには「抜本的な経営改善が必要」と判断したしなの鉄道は、2002年に民間から社長を登用。徹底した合理化を進める一方で、車内アテンダントの採用やサポータークラブの新設など、利用促進・売上向上につながる施策を次々に打ち出していきます。
同じころ、行政もしなの鉄道の経営改善に乗り出します。2004年には、長野県が103億円を出資。翌年には沿線自治体が「しなの鉄道再生支援協議会」を設置し、再生計画を策定します。
民間出身の社長登用による経営改革と、沿線自治体による手厚い支援。これらによって、2004年度には営業損益が開業初の黒字に、さらに2005年度には経常損益も1億1,438万円の黒字を達成したのです。
■しなの鉄道の経常損益の推移(1997~2006年)
しなの鉄道の利用者数は減少の一途
黒字転換はしたものの、しなの鉄道の利用者数は少子化・過疎化・モータリゼーションなどの影響で、一貫して減少を続けていました。利便線を高めるために、信濃国分寺、テクノさかき、屋代高校前などの新駅を開業させますが増加に転じません。少子化・過疎化は今後も進む見通しですから、しなの鉄道の利用者数も減り続けることが予測されたのです。
■しなの鉄道の輸送人員の推移(1998~2010年)
減少に歯止めをかけるには、地域全体が一体となった取り組みが必要です。そこで沿線自治体は2009年2月、地域住民や商工・観光団体なども参加する「しなの鉄道活性化協議会」を設立します。この協議会は、地域公共交通活性化再生法にもとづく協議会です。
2010年2月には「しなの鉄道総合連携計画」を策定。企業も沿線住民も協力した利用促進策をはじめ、地域公共交通全体の活性化に向けた取り組みを進めることになりました。計画期間は、2010年度から2014年度までの5年間。計画最終年には沿線人口の減少も加味し、「年間970万人以上に抑える」という目標を掲げます。
しなの鉄道のこれまでの取り組み
総合連携計画で提言した具体策には、「利用しやすいダイヤに改正」「駅舎などの整備や改良」「イベント列車・観光列車の運行」「パークアンドライドの設置」などがあります。実際におこなった取り組みを紹介しましょう。
- ダイヤ調整(新幹線との接続改善、快速列車の増便など)
- イベント列車の運行(ラッピング列車、ビール列車、サイクルトレインなど)
- 観光列車「ろくもん」の運行
- 新型車両の導入
- パークアンドライドの設置(軽井沢駅、御代田駅、小諸駅など)
- クラウドファンディング
- 企画きっぷの販売
- サポータークラブの設置(レール&トレインサポーターなど)
- 駅周辺でイベント実施
…など
ラッピング列車は、沿線住民の要望に応えるかたちで「湘南色」に塗装した列車を2010年に運行。これが鉄道ファンにも支持され、定員を上回る人気列車になりました。なお、開業20周年を迎えた2017年にも、懐かしの車体カラーに塗装したラッピング列車を運行していますが、塗装費の一部はクラウドファンディングを活用しています。
115系電車を改造した観光列車「ろくもん」は、2014年7月より運行。改造費に約1億円かかりましたが、車内に地元の木材を利用することで費用の一部は長野県の補助金制度を活用しています。サービス面では「食事付きプラン」「信州プレミアムワインプラン」など複数のプランを用意。2018年には、年間で約12,000人が利用する人気列車になりました。
サポータークラブは、2002年から始まっています。当初は年会費が10,000円以上と高額な設定料金でしたが、それでも200人以上が参加。会員の名前を線路の枕木に取り付けたり列車内に掲示したりと、支援の輪を広げていきます。なお、現在は「しなてつパートナーズクラブ」に移行され、年会費は無料です。
こうした取り組みから、2011年には利用者の減少に歯止めがかかり1,000万人台を回復。北しなの線の開業後も、利用者数は微増を続けています。
■しなの鉄道の輸送人員の推移(2010~2022年)
過大な鉄道設備のスリム化が今後の課題に
2023年12月、長野県は国土交通省に対して、しなの鉄道の支援に関する要請をおこないました。その内容は、「交通系ICカードの設備導入」と「過大な設備のスリム化」にかかる費用を支援してほしいというものです。
このうち「過大な設備」は、しなの鉄道の経営を圧迫する要因のひとつになっています。しなの鉄道は、かつて特急列車が走行していたJR信越本線の一部を、そのまま継承しました。そのため、特急対応のホーム長や複線区間など、現在の運行体系には「過大」な鉄道施設が残っており、その維持費が大きな負担になっているのです。
また、貨物輸送ネットワークの維持を目的に、しなの鉄道には貨物列車が走行できる鉄道設備の管理も求められています。貨物列車が走る並行在来線には国からの貨物調整金が得られますが、それに対して広大な用地管理費などの維持費が高額で、沿線自治体が組織する協議会でも「もっとスリム化できないか」と、以前より要望が挙がっていました。
石油輸送を請け負っておられるわけですが、設備面等において大変大きな用益を占めていると思います。脱石油だとか遊休施設の活用、あるいは大きい機関車(貨物列車)を走らせるための電気設備等々を考えたときに、本当に採算が取れているのかきちっと検証してみる必要があるのではないか。中・長期的にはその辺の検討をしていかないといけないと思います。
出典:しなの鉄道「平成21年度第1回しなの鉄道活性化協議会 議事概要」
協議会での意見を受け、しなの鉄道では使用頻度の低い設備を廃止にするなどスリム化を進めてきました。ただ、スリム化を進めるにも多大なコストがかかります。そこで長野県は、「スリム化するための支援制度の創設」を国に求めたのです。
この課題は、しなの鉄道に限らず並行在来線を継承した第三セクターならどこでも抱えています。
長野県の要請を受けて、国は前向きに検討するとしています。利用者が減り運賃収入も減少する見通しがあるなかで、鉄道を維持していくには管理コストの削減も喫緊の課題です。持続可能な鉄道網を維持するためにも、支援制度の早期設置を願いたいところです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
しなの鉄道活性化協議会
https://www.shinanorailway.co.jp/about/
しなの鉄道総合連携計画(しなの鉄道)
https://www.shinanorailway.co.jp/about/docs/meeting3_210218.pdf
個別事例(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/bestpractice/best%202.pdf
“人”を運ぶ、“もの”も運ぶ「北しなの線」(しなの鉄道)
https://www.shinanorailway.co.jp/news/20230831_04.pdf
長野県「しなの鉄道の支援に係る国土交通省への要請を行います」
【リンク切れ】https://www.pref.nagano.lg.jp/kotsu/happyou/documents/20231208press.pdf
第五次中期経営計画(しなの鉄道)
https://www.shinanorailway.co.jp/corporate/docs/keiei_2023-2027.pdf