【JR東日本】津軽線の全線復旧は絶望的か?JR東日本との協議を振り返る

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津軽線の三厩駅 JR
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2022年8月に東北地方を襲った豪雨災害により、JR津軽線の蟹田~三厩は長期不通になっています。同年12月、JR東日本は復旧費用が少なくとも6億円、工期は約4カ月と公表。利用者が極端に少ない線区であることから、沿線自治体に「津軽線のあり方」の協議を申し入れます。

津軽線は全線復旧できるのでしょうか。沿線自治体とJR東日本との協議の流れを振り返ります。

※被災状況や協議開始前の自治体の動きは、以下のページで詳しく解説しています。

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JR津軽線の線区データ

協議対象の区間JR津軽線 蟹田~三厩(28.8km)
輸送密度(1987年→2019年)415→107
増減率-74%
赤字額(2019年)7億1,100万円
営業係数7,694
※輸送密度および増減率は、中小国~三厩の数値。JRが発足した1987年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額および営業係数は、中小国~三厩の数値。コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

外ヶ浜町、今別町、青森県、JR東日本、東北運輸局

津軽線と沿線自治体

1日100人にも満たない津軽線(蟹田~三厩)の利用者数

津軽線のあり方をめぐる協議は、「今別・外ヶ浜地域交通検討会議」で進められています。第1回の検討会議は、2023年1月18日に開催。この場でJR東日本は、被災状況や復旧費用の説明にくわえ、蟹田~三厩間の利用状況も公表しています。

該当線区の利用者数は、被災前(2022年6月)の調査で1日91人。このうち半数以上が、青森市内の高校などへ通う通学定期客です。また、通院などの定期外客も朝の便に集中し、日中の利用者数は10人に満たないという実情も報告されました。

厳しい現実を突きつけられたものの、沿線自治体は「通学や通院に欠かせない重要な公共交通」として、鉄道の早期復旧を訴えます。これに対してJR東日本は、「復旧費用はJR東日本が全額負担する」と明言。ただし、復旧後の維持管理費については「今後の検討事項」という考えを示します。

JR東日本としては、約6億円の復旧費用は出せても、「1日100人にも満たない線区のために、毎年7億円を超える赤字を負担できない」という意向を、暗に伝えたかたちになります。

上下分離で鉄道復旧か?代替交通への転換か?

2023年2月27日、第2回の検討会議が開催。ここでJR東日本は「今後の検討事項」としていた復旧後の維持管理費に関する考え方を示します。

すなわち、「鉄道で復旧する場合は、維持管理費の一部を自治体に負担してほしい」と、上下分離方式の導入を提案したのです。この場合の自治体負担額は、年間4億2,000万円と試算。この額を、財政状況の厳しい沿線2町が毎年負担するのは、現実的ではないでしょう。

そこでJR東日本は、第3回の検討会議(2023年3月28日)で「代替バスや乗合タクシーへの転換案」を提示。この場合の運行費用は、年間で約1億2,000万円です。

なお、JR東日本はBRT(バス高速輸送システム)の検討結果も示しています。ただ、初期費用が約53億円と高額で、さらに冬季の除雪費用などランニングコストも高くなるため、「BRTは現実的ではない」と結論付けています。

上下分離方式を導入して鉄道を復旧するか。それとも鉄道を廃止にして代替交通に転換するか。2つの選択肢に迫られた沿線自治体は「他の選択肢も含めて、もっと丁寧に説明してほしい」とJR東日本に求めます。

JR東日本が示した「津軽線の方向性」とは?

沿線自治体の要望に応えるため、JR東日本は第4回の検討会議(2023年4月27日)で、第三セクターへの転換も含めた選択肢を提示。それぞれについて、利便性や持続性といった観点から総合的に評価した結果、「鉄道を復旧して上下分離で運営する」か、自動車を主とする「代替交通に転換する」の2案が現実的な方向性だと、改めて示します。

そのうえで、自治体負担を考えると「鉄道を廃止にし、バス・乗合タクシーへの転換が望ましい」と結論付けたのです。

■JR東日本が示した津軽線の方向性

鉄道を復旧する場合代替交通に転換する場合
具体例上下分離(みなし上下分離)バス・乗合タクシー
利便性向上しない大きく向上する(蟹田駅乗換の改善・運行本数増)
持続性大きく向上する大きく向上する
方向性自治体との費用分担を前提に鉄道復旧蟹田~竜飛崎までのバス・乗合タクシー化
復旧費用JRが負担なし
初期費用なし1~2億円(JRが負担を検討)
運営費用JRと自治体で分担JRが負担検討
参考:「広報いまべつ(2023年6月号)」をもとに筆者作成

この評価は、同年5月13日に実施された住民説明会でも提示されます。住民からは、「JRが鉄道を維持してほしい」という声も挙がりましたが、具体的な費用を提示されたこともあり、代替交通への転換に肯定的な意見が目立ちました。なかには、「早く結論を出してほしい」と早期決着を求める声もあったようです。

顕在化する自治体間の「温度差」

2023年6月6日に開催された第5回の検討会議。住民説明会では代替交通への転換に肯定的な意見があったものの、沿線自治体は「鉄道での復旧」を要望します。しかも、復旧後の維持管理費は負担できないとして「維持管理費も全額JRが負担してほしい」と伝えたのです。

当然、JR東日本は反発。「利便性も持続性も向上しないのに、多額の費用をかけてまで鉄道は運行できない。JRが運行を続けるなら、合理的な理由が必要だ」と強く反論します。これに対して沿線自治体は、「鉄道がダメならBRTを再検討してほしい」と懇願。ただ、BRTも自治体負担なしの姿勢であったため、「JR単独での運営は難しい」と断られます。

現実的には「鉄道の廃止・代替交通に転換」の一択になるなか、この検討会議後、沿線自治体のあいだで「温度差」が生じ始めます。きっかけは、地元メディアの取材。外ヶ浜町が「代替交通で沿線住民の便益が下がらず、将来的にもメリットが大きいと判断されれば、必ずしも鉄道の存続にこだわらない」と方針転換を示したのです。

もっとも外ヶ浜町は、蟹田以北が廃止になっても、青森方面の鉄道は残ります。一方で今別町は、新幹線の駅はあるものの、在来線は失うことになります。こうした環境の違いから自治体間で温度差が生じるケースは、他の災害復旧協議でもよくある話です。

しかし、鉄道の存続にこだわっていた今別町も、徐々に態度を軟化させていくことになります。

今別町が津軽二股以北の「部分廃止案」を提案

2つの町の温度差が顕在化した後に開催された、第6回検討会議(2023年9月1日)。ここで全線復旧を求めてきた今別町が、津軽二股~三厩の廃止を容認する「折衝案」を示します。

津軽二股駅は、北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅に隣接し、乗り換えも可能です。今別町は、全線復旧がベストとしながらも、部分廃止案を提案したのです。この案にJR東日本は、次回の検討会議までに改めて持続性や利便性などの評価を示すと伝えます。

そして、2023年10月30日に開催された第7回検討会議。JR東日本は「津軽二股まで復旧しても大きな改善効果は得られない」という評価結果を提示。改めて、代替交通への転換を勧めます。

この評価を受けて、外ヶ浜町は「議論は十分に深まった」と最終判断を下す考えを示します。一方の今別町は「十分に議論されていない」「住民への説明も必要だ」と反論。自治体間の温度差が、ますます大きくなってしまいます。

沿線住民の多くが「代替交通への転換」を支持

第6回検討会議の直後、今別町では2023年9月に全世帯を対象としたアンケート調査を実施しています。内容は「三厩から蟹田間の交通についてどうするべきか」。回答の選択肢は、「津軽線の早期復旧」「バス・乗合タクシーへの転換」「その他」の3つです。

こうした住民アンケートをおこなうと、鉄道の復旧を求める人が過半数を占めるケースが多いです。今別町としては「多くの住民が津軽線の早期復旧を望んでいる」という結果を期待し、不利になってきたJR東日本との協議の形勢逆転を狙ったのかもしれません。しかし、その期待は外れます。

津軽線の住民アンケート結果
出典:広報いまべつ(2024年1月号)

左の円グラフは全世帯の結果、右は津軽線の利用者だけを対象とした結果です。全世帯の結果では、61.3%が「バス・乗合タクシーへの転換」を選択。「津軽線の早期復旧」は32.7%でした。利用者だけを対象とした場合でも、鉄道が47.4%でバス・乗合タクシーが46.8%と、ほぼ互角だったのです。

今別町の住民は「鉄道で復旧しなくてもよい」という、あきらめに近い声が多くを占めたのです。

新たな首長会議で決着へ

今別町は以前より、青森県を含む他の沿線自治体にも、協議への参加を求めていました。そして2023年12月22日、蓮田村と青森市、青森県を交えた意見交換会が実現。沿線4市町村と青森県で新たな首長会議を設置し、JR東日本と協議していくことで合意します。

この意向は、2024年1月22日に開かれた第8回の検討会議で伝えられ、JR東日本も同意しました。

ただ、新たな場で協議するにあたり、沿線自治体も「津軽線の方向性」について検討しなければなりません。そこで、第8回の検討会議では、以下4つの選択肢が示されます。

■沿線自治体が示した津軽線の方向性

  1. バス・乗合タクシーへの転換
  2. 上下分離で鉄道の維持
  3. JR東日本による鉄道の維持(復旧後の運営費もJR東日本が負担)
  4. 津軽二股まで鉄道を維持し、津軽二股以北は代替交通に転換

従来の今別町の意見も含めて、選択肢を4つにしたかたちです。このなかから新しく設置する首長会議(JR津軽線沿線市町村長会議)では、津軽線の将来をひとつ選ぶことになります。

2024年2月1日、第1回の沿線市町村長会議が開催。沿線自治体が示した4案から「ひとつを選ぶため」の議論が始まりますが、第1回では「それぞれ言いたいことだけを述べる会」となってしまい、議論は深まらなかったようです。

ただ、津軽線の「存続派」「廃止容認派」の立場が明確になった会議でもありました。地元メディアの報道によると、蓬田村も津軽線の復旧・存続を支持。今別町にとって心強い存在でしょう。一方で外ケ浜町は、住民の便益が下がらなければ鉄道にこだわらないという従来の考えを主張します。なお、青森市からの発言はなかったようです。

JR東日本が新たな交通事業者の創設を提案

第2回の沿線市町村長会議は、2024年2月28日に開催されます。ここでJR東日本が、代替交通に関する新たな案を提示します。その案とは、JR東日本と沿線自治体が共同で新法人を設立し、路線バスやタクシーなどを運営するという、地域公共交通を一体にしたビジネスモデルです。

JR東日本によると、新法人(NPO法人を想定)がバスやタクシーなどを一括運営することにより、既存の事業者がそれぞれ運営するよりも経費削減が可能に。事業者に対する補助金も減り、沿線自治体の負担も抑えられるとしています。

またJR東日本は、津軽線を廃止にする代わりに、この新交通ビジネスに30~40億円を投資する意向を表明。具体的には、待ち合い所の整備や18年分の運営費(赤字補てん)を含むことを伝えています。

この案に対して外ヶ浜町は、スクールバスや病院の送迎バスも含めて検討してほしいと要望。「住民に優しい交通網を作る先進事例したい」と、前向きの発言をしています。

一方で今別町は、「30~40億円も投資するなら津軽線も存続できるのでは」と否定的な考えを提示します。これについてJR東日本は、「鉄道を維持するには年間6~7億もかかり、持続的な運営を確保できない」と改めて伝え、理解を求めたようです。

なおJR東日本は、早ければ2025年度から自動車交通に転換したいという考えも示しています。沿線自治体は、この案を議論するためいったん持ち帰り、次回以降の会議で結論を出す流れになっています。

※被災状況や協議開始前の自治体の動きは、以下のページで詳しく解説しています。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【東北】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
東北地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

平均通過人員2,000人/日未満の線区ごとの収支データ(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/company/corporate/balanceofpayments/pdf/2019.pdf

広報そとがはま(2023年2月)
http://www.town.sotogahama.lg.jp/gyosei/koho/files/202302_kouhou.pdf

広報いまべつ(2023年6月号)
https://www.town.imabetsu.lg.jp/gyousei/kouhou/files/707gou.pdf

廃線が懸念されるJR津軽線「地域住民・観光に大事」通学に午前5時過ぎ出発の住民「交通の便が悪くて部活ができない(青森テレビ 2023年3月17日)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/383136?display=1

一部で不通続くJR津軽線 必ずしも存続にこだわらない町長も(NHK青森 2023年8月3日)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/aomori/20230803/6080020174.html