2023年3月9日、JR東日本は久留里線の沿線自治体に対して「沿線地域の総合的な交通体系に関する議論」をしたいと、協議を申し入れました。対象線区は、久留里~上総亀山の9.6kmです。事実上の存廃協議をJR東日本が申し入れたのは、災害で長期不通となった路線を除くと、久留里線が初めてです。
同年5月より、沿線自治体との協議が始まりましたが、久留里~上総亀山は廃止を防げるのでしょうか。JR東日本とのこれまでの協議をまとめました。
JR久留里線(久留里~上総亀山)の線区データ
協議対象の区間 | JR久留里線 久留里~上総亀山(9.6km) |
輸送密度(1987年→2023年) | 823→64 |
増減率 | -92% |
赤字額(2023年) | 2億3,500万円 |
営業係数 | 13,580 |
※赤字額と営業係数は、2023年のデータを使用しています。
協議会参加団体
君津市、千葉県、JR東日本(千葉支社)、有識者(日本大学理工学部交通システム工学科特任教授)、住民代表ほか
沿線住民も交えた久留里線のあり方協議会
久留里線の「あり方」に踏み込んだ協議は、「JR久留里線(久留里・上総亀山間)沿線地域交通検討会議」で話し合われています。
主宰は千葉県。構成メンバーは君津市とJR東日本のほか、有識者や住民代表(3地区の自治会長)も参加しています。こうした協議に住民代表が3名も参加するケースは珍しく、地域に開かれた協議をめざしている点も注目すべきポイントでしょう。
第1回の検討会議は、2023年5月11日に開催されます。JR東日本からは、該当線区の現状について説明。その後、沿線自治体などで構成される「JR久留里線活性化協議会」の利用促進の取り組みが紹介されます。
また、住民代表からは「地域の人たちに十分な説明をしてもらいたい」という意見が出たのを受け、3つの地域で住民説明会を実施することが決まりました。
減便が久留里線の利用者減を招いた?
ここで、第1回の検討会議でJR東日本が提示した資料より、久留里線の現状を分析します。
久留里線の運行体系は、久留里駅を境に「木更津~久留里」と「久留里~上総亀山」にわかれます(全線運行する列車もあります)。このうち木更津~久留里は、おおむね毎時1本の列車を運行。1日の運行本数は34本(17往復)です。これは、JR東日本が発足した1987年から変わっていません。
一方で木更津~久留里の輸送密度は、1987年の4,446人/日から2019年には1,425/日と、3分の1に減少しています。JR東日本は、利用者が3分の1になっても木更津~久留里の運行本数を1本も減らさず、35年以上も維持してきたわけです。
さて、今回協議の対象となっている久留里~上総亀山についても、輸送密度と運行本数の推移をみていきましょう。
■久留里線(久留里~上総亀山)の輸送密度と運行本数の推移
JRが発足した1987年、久留里~上総亀山の輸送密度は823人/日、運行本数は28本(14往復)でした。1993年には、輸送密度はほぼ変わっていないのに1往復減便されます。
ただ、次に減便したのは2013年です。この年の輸送密度は216人/日。前回の減便から20年のあいだに、利用者は7割以上も減少しています。
さらに2014年には6本(3往復)減便。この影響で輸送密度は1年で約2割減少します。その後も減少が続き、2017年にはさらに1往復減便。輸送密度は103人/日にまで減ってしまいました。
近年の傾向を見ると、減便が利用者の減少を招く負のスパイラルに陥っているようにみえます。ただ長期的にみると、JR東日本が運行本数を維持してきたあいだも、利用者の減少に歯止めをかけられなかったことがわかるでしょう。つまり、モータリゼーションの進展や少子化・過疎化といった外的要因による影響が、久留里線の利用者減少の主要因と考えられるのです。
JR東日本は、キャンペーンの実施やイベント列車の運行など、観光誘客を中心に久留里線の利用促進に取り組んできました。しかし、これらの効果は限定的でした。なぜなら、久留里線の利用者の大半は、沿線住民だからです。その住民が鉄道を使わなければ、どれだけ観光誘客を頑張ってもトータルの利用者数は減る一方なのです。
※減便と利用者数の関係性について、以下のページで詳しく解説しています。
久留里線の潜在ニーズの調査へ
とはいえ、久留里~上総亀山は、日常的に利用しづらいダイヤであったことも事実です。2023年6月から7月にかけて沿線3地区で開催された住民説明会でも、「日中に5時間以上も運行がなく利用しづらい」という意見が相次ぎました。
そのなかで検討会議のメンバーは、ある育児世帯の意見に注目します。
子どもが利用している。1日55人という数字について、列車の本数が少なくて、久留里まで送迎をすることがある。そうすると、本来は久留里線を使っていたかもしれない正確な人数は出ないと思う。久留里亀山間の人数は、親が送迎している人数は入っていない。
出典:JR久留里線(久留里・上総亀山間)沿線地域交通検討会議「住民説明会結果」
久留里線の沿線には最寄り駅まで送迎する家族が多く、久留里~上総亀山に列車がない時間帯には、久留里駅まで迎えに行かなければならない人もいます。そうした人も、本来は久留里~上総亀山の利用者ですから「その人たちも数値に含めるべきではないか?」という意見です。
この意見から、第2回検討会議(2023年9月6日)では、「鉄道を利用したくても利用できない人が、どれくらいいるのか把握する必要がある」という意見が出され、久留里~上総亀山の潜在ニーズの調査が決定します。
調査方法は「住民アンケート」を実施。沿線住民の日常的な移動実態を把握することも、目的のひとつになります。
車社会を浮き彫りにした住民アンケートの結果
第3回検討会議は、2023年12月27日に開催。ここで、久留里線の沿線住民に対するアンケートの結果が示されます。調査対象は、久留里~上総亀山の沿線住民2,243世帯。このうち1,110世帯から回答を得ています。
設問は全部で37問あったそうですが、ここでは「日常利用」「通学利用」「免許返納時に久留里線の利用を希望する人」の3項目の結果について紹介します。
※以下の調査結果は、第3回検討会議で報告された「久留里・松丘・亀山地区住民の移動実態に関するアンケートの結果について」をもとに作成しています。
日常利用
通勤や買物、通院の移動手段を聞いた内容です。選択肢は、「自家用車」「家族の送迎」「公共交通」「その他」の4つです。なお、以下円グラフでは公共交通を「鉄道」「バスなど(鉄道以外の公共交通)」で作成しています。
家族の送迎も自家用車とすれば、9割以上の人がマイカーで通勤・買物・通院をしていることになります。
通学利用
沿線の中高生を対象に、通学手段を聞いた内容です。登校と下校にわけていますが、このうち下校は「部活や習い事がない日」の移動手段を聞いています。
登下校いずれも「スクールバス」が過半数を占める結果です。筆者が久留里線の現地調査した際にも、木更津駅近くのスクールバス乗り場に多くの学生が並んでいる姿を確認しています。
そもそも、このアンケートは「列車の本数が少なく、久留里駅まで親が送迎している生徒の数も利用者数に含めてほしい」という住民の声から始まりました。ただ、「家族の送迎」を鉄道利用者にカウントしても、22~23人にしかならないという厳しい結果が示されたことになります。
「家族の送迎」と「スクールバス」の利用者が鉄道にシフトすれば、往復で約130人増加するため、単純計算で久留里~上総亀山の輸送密度は200人/日前後に改善するでしょう(それでも厳しい数値ですが…)。
免許返納時に久留里線の利用を希望する人
将来、車を運転できなくなったときに「久留里線をどれだけ使うか?」というアンケートも実施しています。回答の選択は「1週間で何日利用するか?」です。
「利用しない」「週1日未満」という人が多く、改めて車社会の地域であることが鮮明になりました。
こうしたアンケート調査の結果を踏まえて検討会議では、鉄道以外の公共交通を含め「地域の大半の人が利用していない」という現実を確認。ただ、現状の公共交通が利用しづらいという課題もあるため、次回の検討会議ではバスやデマンド交通を含めた地域全体の交通体系における課題について議論することで一致します。
また、このアンケート結果をもとに地元の自治会長と意見交換をすることも確認されます。
鉄道以外の交通モードも検討へ
アンケート結果は、2024年2月に開かれた沿線3地区の自治会長報告会でも説明されます。報告会では「観光利用を増やせないか」「JRに対して公共交通の責任を果たすよう求めてほしい」といった意見が出た一方で、「利便性が高まるのであれば、鉄道以外の代替交通の検討も必要だ」という意見もあったそうです。
こうした自治会長の意見は、第4回検討会議(2024年7月16日)で報告。ノスタルジックな心情はあるものの、バスやデマンド交通など代替交通の検討に理解を得られたことが確認されます。また、事業者への意見に対してJR東日本は「鉄道が地域のお役に立てていない」と、改めて説明。「観光振興も重要だと理解している。引き続き地域と一体となって取り組み、よりよい交通体系の構築に協力していきたい」と述べ、公共交通機関としての責任を将来にわたり果たしていく考えを示します。
ちなみに、近年のJR各社は鉄道廃止後も沿線自治体などと密接にかかわり、代替交通や地域振興の協議にも参加するのが通例です。「廃止にしたら関係ない」といった従来の対応と変化している点は、理解しておきたいところでしょう。
なお、第4回検討会議の最後に君津市が「鉄道の存廃判断を含め、最終的には法定協議会の『地域公共交通会議』で具体策を議論したい」と提言。次回の検討会議では、これまで議論した内容を報告書案にまとめることも確認されました。
検討会議が「報告書案」で示したこと
第5回検討会議は、2024年10月21日に開催。1年半にわたり議論してきた内容を「検討結果報告書(案)」にまとめる会議です。
まず、事務局から報告書案の説明があります。このなかで、現状の地域公共交通には「鉄道」「バス」「デマンド交通(タクシー)」があるほか、新たな候補として「ライドシェア」も検討されています。ただ、ライドシェアは参加意向を示すタクシー事業者がいないため「導入は難しい」と報告しています。その他の交通モードについては、以下の報告がされています。
鉄道(久留里線の存続)
鉄道に関しては、「1列車あたりの最大利用者数は10~25人程度」しかいない点を報告書案では指摘。そのうえで、人口減少が進む地域のため通勤通学客の増加が見込めないことや、観光利用も1日最大50人程度しかなく新たな需要を創出しても「鉄道は輸送力が過剰」と伝えています。
なお、上下分離方式などの公的支援についても検討されましたが、利用者が少ないため「納税者の理解を得るのは極めて厳しい」と否定的な考えも示しています。
バス(スクールバスやカピーナ号の活用など)
バスは多様なニーズに応えやすいとしながらも、利用者が少ないため「事業として成り立たせるのは大変困難」と報告。つまり、民間バス事業者への転換では経営が成り立たないことを指摘しています。
そのため、スクールバスなど自治体が所有する交通資産の活用も検討されます。ただ、君津市がスクールバスを使った送迎サービスの実証実験をおこなったものの、利用は低調でした。そもそも需要の多い時間帯はスクールバスの運用時間とも重なることから、報告書案には「活用ハードルは高い」と、今後の検討課題としています。
このような状況から、代替バスを検討する際は事業主体や運行形態、ルートなどを関係者で協議するように求めています。なお、高速バス「カピーナ号」を代替交通とする場合、速達性の低下やシステム改修などバス事業者の課題をクリアしながら「実現可能性を検討していく必要がある」と、報告書案では伝えています。
デマンド交通(タクシー)
君津市では、デマンドタクシー「きみぴょん号」を運行しています。1日の利用者数は30人前後で個人単位の移動需要に応えているものの、「予約がとれない」という住民の声も多いようです。その一方で、収支は年間3,600万円の赤字であることから、報告書案では「効率的に運行するために、デジタル技術などの活用を積極的に検討すべき」と伝えています。
久留里線の存廃議論は法定協議会へ
以上の内容から、通勤通学などまとまった需要には「バス」、買物や通院など散発的な需要には「デマンド交通」が適切であると、報告書案ではまとめています。
この報告に対して千葉県は、「鉄道の廃止を結論づけるものではない」としながらも、「現状以上の交通体系を実現することで、安心して住み続けられるように検討してほしい」と発言しています。一方で沿線住民の代表は、「より利便性の高い公共交通を将来にわたって維持することが大事。本報告書の結果は、妥当なものと受け止めている」と、冷静な意見を述べています。
なお、報告書案ではJR東日本に対して、新たな交通体系案を提示するように要望しています。その案がまとまったところで、今後は君津市が設置する法定協議会(地域公共交通会議)で議論することが確認され、検討会議は幕を閉じます。久留里~上総亀山の将来は、新たな議場へと移ります。
※沿線自治体が取り組んできた「JR久留里線活性化協議会」の協議内容は、以下のページで解説します。
※久留里線の利用実態を調査した乗車レポートは、こちらをご覧ください。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
JR久留里線(久留里・上総亀山間)沿線地域交通検討会議(千葉県)
https://www.pref.chiba.lg.jp/koukei/tetsudou/kururi/kentoukaigi.html
JR久留里線(久留里・上総亀山間)沿線地域交通検討会議 検討結果報告書(案)(千葉県)
https://www.pref.chiba.lg.jp/koukei/tetsudou/kururi/documents/1021houkokusyo.pdf